2016年05月31日

添削について


作品を拝見してアドバイスをしている時、「添削をしてもらった作品を、投稿や持ち込みしてもよいのですか?」と質問された事があります。
そんな事を聞かれたことがないので、一瞬戸惑いました。

もちろんOKですが、気になったので「ひょっとして、アドバイスを元に描いた作品は必ず賞に入ったり、採用されると思っていませんか?」と逆に質問したら、どうやら図星のようでした。

アドバイスを元に描きなおしたからといって、その作品が「賞に入ったり、採用されたりする」とは限りません。

いくら表現方法(マンガ表現やストーリー構成・演出)が適切だからといっても、元々のオリジナル作品自体の「テーマや発想あるいは絵柄」に優れた魅力がなければ、作品としての評価はされにくいのです。

極端な言い方をすると、「表現方法など適切に出来て当たり前」であり、作品としての採用の判断は「画力」であり「発想力」であったりするわけです。

アドバイスや添削ができる対象は、あくまで「表現方法」に限定されます。
「こういう事を伝えたい」なら「こういう描き方をすると適切に伝わる」というノウハウを講師は教えるのです。

「ストーリーマンガ」は、

「画力」
「マンガ表現力」
「ストーリー構成・演出力」
「アイデア、テーマの発想力」

の4つの要素で成立していると考えていますが、「マンガ表現力」「ストーリー構成・演出」は技術なので、アドバイスされた知識を身に付け、訓練することでレベルアップ出来ます。

「画力」に関しても、ある程度は技術なのでアドバイス・添削により、「上手い絵」を描けるようにはなります。
しかし、マンガ的な「魅力的な絵」を描けるようになる事とは別物です。

「魅力的な絵を描く力」と「オリジナリティのある発想力」は、持って生まれた才能や生活環境によるところが大きいです。
この2つに関しては、アドバイスや添削でどうにか出来るものではありません。

そこの所が理解出来ないと、
「添削してもらう」→「作品を描き直す」→「採用される」→「プロになれる」と短絡的に考えてしまう事になります。


posted by かとう at 05:43| Comment(0) | マンガの作り方

2016年05月23日

「分かりにくいマンガ」の意味


仕事柄、プロ未満のストーリーマンガを見る機会が多いのですが、最近気づいたことがあります。

「分かりにくい表現で作品を描いている」という自覚がないのでは…という事。

コマの中にセリフと絵が描かれていれば、とんでもなくトンチンカンな表現でない限り、「なにが描かれているのか」はおおよそ分かります。
ましてや自分の脳内では完璧に展開が理解出来ているわけだから、「何が描かれているのか分からないマンガ」のはずがない…と思っているのではないのだろうかということです。

何故こんな事を書くのかといえば、「よく分からないんだけど」という私の言葉に対して、「何が分からないのだろう?」…というような反応に出会うからです。

言葉の使い方と言うのは難しいですね。
私が使う「分かりやすい」という言葉は、読む時に「描かれていることが、「何のストレスもなくスッと頭に入って来る表現になっている」という意味合い。
「分かりにくい」というのは、情報が整理されていないために、「どう読み取ったらよいのかの判断がつきにくい為、ストレスを感じる」表現になっているという意味合いです。

「コマ展開」がイイ!とか「テンポ」がイイ!という言い方をしますが、
「ストーリーマンガ」を面白くしているのは、「頭を使わなくてもストーリーがストレスなくスッと頭に入って来る表現」に依るところはかなり大きいものだと思っています。

一般的に「画力やストーリー」は取りざたされますが、「ストーリーマンガ表現」の重要性に関しては、ややないがしろにされているような気がする私です。



posted by かとう at 04:51| Comment(0) | マンガについて考える

2016年05月16日

「担当が付く」という事


投稿や持ち込みの結果、担当さんが付くというのは「デビューへ向けて」の第一歩が始まった…ということ。
担当付きになるというのは、具体的には「ネームを見てもらうようになる事」を指します。
描いたネームを見てもらい、イイとかダメとかいろいろチェックが入ります。
その際の「イイとかダメとか」というのは、「アイデア」や「ストーリー構成」や「演出」に関してがメインになります。

アイデアやテーマは面白いか。
キャラクターや世界観をどうするか。
どういうエピソードが必要なのか。
どうしたら面白く、魅力的になるのか…といった話作り・見せ方を、延々と続けます。

これ、結構シンドイです。
自分が描きたいことを好きなように描いてきたアマチュア時代と違って、別人がそこに介入してくるわけですし、その別人は「商品として成立する作品」を作る側の人だから尚更です。

数ヶ月で、デビューできる場合もありますし、一年以上かかる場合もあります。
場合によっては、結局デビュー出来ない事もあるわけです。

担当氏のダメ出しを受け止め、方向性の意図を理解し、描き直す…という作業を繰り返す。
「これ」が、「担当が付く」という事です。

デビューし連載が始まっても、この作業は延々と続いていきます。
相性が良く、「能力のある担当者」である事が望ましいですが、この出会いはもう「運」というしかないです。


posted by かとう at 05:06| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年05月08日

ネームはなんのために描くのか?



いろいろな考え方はあると思いますが、最大の理由は「編集サイドの承認を受けるため」だろうと思います。

しっかりした構成の作品を描くためにネームを描くという、「描き手」の理由もあると思うのですが、実は「ネームを描かなくてもストーリーマンガは描ける」ものです。

私はコロコロコミックでマンガが掲載されるようになるまで、実はネームを描いたことがなく、原稿用紙に直接描いていました。
(というより「ネームを描く作業」が存在する事自体知らなかった。)

「COM」へ投稿作や「マンガ少年」の掲載作品は、全てネーム無しの「原稿用紙への直接描き」です。
「COM」は投稿でしたし「マンガ少年」は 持ち込みでしたので、ネームを見せる必要など ありません。
自分で納得出来る構成が出来上がっていれば、ネームなど無用だったからです。

月刊「マンガ少年」(既に廃刊)は、描き上がった作品を持ち込み、面白ければ「預かり」、つまらなければ「突き返される」という繰り返しでした。
コロコロコミックの藤子賞に応募して佳作入選した「ドラゴンmyフレンド」も、ネーム無しの原稿用紙直接描きです。

賞に入って担当氏がついた時から、打ち合わせのためにネームを描く必要が出てきました。
ネームを元に、担当氏がこれではダメ!こうしたらどう?と何度も描きなおしをするのです。
ナゼそんな事をするのかといえば、商品として売れる作品を作るためです。
描くのは私でも、それを売る立場にあるのは編集部ですから、当然「商品としてどうか」というチェックが入るという事になります。

連載が始まっても、ネームによるチェックは入ります。
いい加減な商品を売るわけにはいきません。
編集部にとっては商売するための商品作りなのですから、「より商品価値の高いもの」 を作るためにチェックは入り続けます。

専門学校の場合、学生達にネームを描いてもらう理由はやや異なります。
間違った描き方をしていないか?プロとして通用するための最低ラインはクリア出来ているか?のチェックです。
それが出来ていないと、編集部からは門前払いされてしまいます。


ネームを描くことで、「より緻密な構成」の設計図を引くことは出来ますが、同時に「感性による勢い」は抑えられがちになるというマイナス部分もあるように思います。
しかし、現実問題として「出版社と手を組んで仕事をする」場合には、避けられない作業であることは間違いないです。



posted by かとう at 07:19| Comment(0) | マンガについて考える

2016年05月02日

読むのは簡単。描くのは難関。


「ストーリーマンガ」って、サクサク読めて、ドキドキして、次はどうなるのだろうと次々にコマを読み進められる。
キャラクター達が何を考えて、どんな行動をしているのか、読者は特に意識しなくてもストーリーがスーッと頭に入ってくる。

「ストーリーマンガ」って面白いなァ〜。
コマの中に絵を描いてセリフを書けば、「ストーリーマンガ」が描けるのか!
自分も「ストーリーマンガ」を描いてプロになろう!
そう思って実際に描き始めると、そう簡単な作業ではないと気づく。

絵とセリフで描かれているから、ストーリーマンガは分かりやすく面白いのではありません。
プロの先生方が「どういう見せ方をしたらベストなのか」と知恵を絞って描いているから、「分かりやすく面白い」のです。


posted by かとう at 05:40| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事