2016年11月23日

「なんとしてもマンガ家になりたい!」と思った記憶がない



子供の頃から、睡眠時間をタップリ取るタイプでした。
中学校時代まで毎日10時間は眠っていたし、高校に入っても毎日8時間の睡眠時間はキープしていました。
そんな生活を続けていたので、「短い睡眠時間」というのは生活していく上で耐えられない…という身体になっている自覚がありました。

なんでこんな話を始めたのかというと、ある事に思い当たったからです。
私は「なにがなんでもマンガ家になりたい!」と思ったことがないのですが、その理由がこれだったのではないのか…ということ。

私が本格的にマンガを描き始めたのは、高校生の頃です。
とにかく描くことが楽しい。
マンガを描く事ほど世の中に楽しい事はない!と思っていました。

本に載せてたくさんの人に見せたいという思いは、もちろんありました。
そういう意味では「マンガ家になりたい!」という思いはあったのです。

ところが、マンガ家という仕事は「締め切りに追われ徹夜の連続」という情報が私に刷り込まれていた為、「マンガ家の生活は自分には無理!」という確信がありました。

「マンガを描いて収入を得て生活出来る」のは夢のようだけれど、「睡眠時間が確保出来ないような仕事は耐えられない」だったわけです。

当時の「売れっ子(死語か?)」の先生方は、月産枚数と徹夜日数を自慢しているような時代でした。
「スゴイなぁ…」と驚嘆はするものの、「そんな地獄は見たくねぇ」という思いの方が強かったのだと思います。
私の中に「なんとしてでも」マンガ家になりたいという記憶がないのは、おそらくコレだと思います。

幸いな事に、コロコロコミックでマンガ家の先生の仲間入りする事が出来ましたが、仕事として成立したのは「売れっ子作家にならず(なれず)、ペースが月刊誌だったから」こそだと思います。

一度も徹夜した事がありません。
楽しくマンガを描いて、毎月収入を得られる。
まるで楽園のようです。

人は落ち着く所に落ち着くモノなのだ…と思った次第です。

ちなみに「チョコボのマンガ」が人気が出て、別冊掲載の依頼があった時、その月の月産ページ数倍になってしまう為、「ページ数を減らして欲しい」と編集部に懇願して、あきれられた事があります。
「ページ数を増やせと言う先生は多いけど、減らせというのは初めて」だったそうです。

体調が万全の状態でないとマンガは描けないタイプなので、私にはとっても重要な事だったのでした。


posted by かとう at 05:20| Comment(0) | myマンガ道