2017年01月31日

プロにしてもらえる?



私は専門学校でマンガの描き方を教える立場なので、気になるのが「〇〇してもらえる」という考え方。

もちろん専門学校ですから、「マンガの描き方」は当然のことながら「教えて」もらえます。
授業ではマンガを描きために必要な知識や技術(の情報)が提供され、実習する時間が確保されます。

モンダイなのは次の点。
「マンガをうまく描けるようにしてもらえる」とか、「マンガ家にしてもらえる」と考えている人がいるみたいだという事。

専門学校は、教えられた知識や技術の情報を元に、「自分で実践して身につけていく」事が前提です。
個人の能力差はありますが、身につく速度や能力レベルは「学校サイドがしてあげる」ものではなく、「本人が努力する」事なのです。

専門学校に行かなくても、マンガ家になれる人はいます。
でも、なれない人だってたくさんいます。
同様に、専門学校に行ってもマンガ家になれない人は多いですが、なれる人だってもちろんいます。
要は、「なれる人はなれる」「なれない人はなれない」という当たり前の事実があるだけです。

それじゃ、専門学校などいらないのでは?と思う人がいるかもしれません。
では、何のために専門学校があるのか?
ポイントになるのは「独学では知り得ないプロのマンガ家の生きた専門知識・技術情報」が手っ取り早く得られるという事、マンツーマンでの作品製作過程でのチェック&アドバイスで「作品制作のノウハウ」を効率的に体得できる事、そしてマンガを描く時間がタップリ確保出来るという事実です。

簡単に言うと、「なれる人」にとっては「独りよがりの試行錯誤」で無駄な時間を浪費せず、「短時間で目標に到達できる」という事です。

本来なら「なれる人」が、独学ゆえに「なかなかなれない」あるいは「結果としてなれない」という人だって出てくるのです。

こう考えると、専門学校がどういう所なのかご理解いただけるのではないでしょうか。



posted by かとう at 07:37| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2017年01月24日

マンガを描き続ける



若い頃は、「マンガを描きたい!」「本に掲載してもらってみんなに読んでほしい!」という大きな欲求があった。
だから認めてもらうために、何作も何作も、何の報酬もなく描いては投稿し、描いては持ち込みを続けた。
全然苦ではなかった。
これからの長い人生に、可能性を感じる事が出来たからだと思う。
どれだけの時間と労力を費やしただろう。
思い起こすだけで目がくらむ。

マンガ家として活動できるようになって、原稿で収入を得られるようになったのは幸せな事。
マンガ家をプロとして続けていくと、「マンガを描くこと」=「収入を得ること」という事が当たり前になってくる。

そういう流れが出来てしまうと、「収入が発生しないマンガを描く」のがツラく感じられてくる。

仕事が無くなり、持ち込みをしても道が開てこない時期に突入すると、歳を取った分がんばれる量にも限度が出てくる。
昔は平気で描けていた「収入にならない原稿」を描く事が、こんなに辛いものかと思った時に、マンガを描き続けることの限界を感じた。

お世話になっている編集さんにお会いした時、こんなことを言われた。
「かとうさんにマンガを依頼する編集部はもうないと思います」
かなり冷たい言い方だが、悪気があって言われたのではない。
事実を素直に伝えられただけ。
15年間連載経験のあるマンガ家ではあるけれど、大ヒット作を生み出したわけでもなく、ネームバリューもない。
ましてや高齢(40歳でデビュー)となれば、扱いも面倒。
次々にイキのいい才能のある新人が出てきているのだから、よほどのヒットメーカーや巨匠でない限り出番を失っていくのがマンガ界。
そもそも厳しい世界だと覚悟は出来ていたはずだが、いざとなると心が寒くなる。

その編集さんが、続いてこんな事も言ってくれた。
「かとうさんのスゴイところは、依頼もされないのにマンガを描いて売り込んでくる事」
(ちなみにそのマンガとは「マンガのマンガ」のこと)
皮肉のようにも聞こえるけど、本気のようにも聞こえた。

依頼がなくても、必要とされるマンガを描けばいい。
例え編集部に売り込めなくても、自分でなんとか出来る環境が整ったのが今という時代。
まだまだ頑張りようはあるのかも…という気になっている今日この頃です。



posted by かとう at 05:44| Comment(0) | myマンガ道

2017年01月17日

気持ち悪いと言われる?



専門学校の学生から聞いて、「へぇ〜今の時代はそうなのか」と思った。
「マンガを描いている・漫画家になりたい」と言うと、オタクだと思われ、気持ち悪いと言われる…らしい。

「…らしい」と書いたのは、私自身そういう言われ方をした事がないからだ。

もっとも私がまだ若い学生の頃には「オタク」という言葉自体無かったし、マンガを描く人が周りにいること自体が珍しい時代だったから、そういう言い方をされなかったのかもしれない。

それにしても、「マンガを描いている事」が気持ち悪いのだとしたら、当時「オタク」という言葉はないにしろ、私も気持ち悪がられていたはずなのだ。

小・中・高を通じて、クラスのみんなは私がマンガを描くのを知っていた。
「うまいね〜!!」と褒められることはあっても、「気持ち悪い」と言われたことは一度もない。

では「漫画家になりたい事」が気持ち悪いのだろうか?

たしかに「漫画家」という仕事はかなり特殊であり、「なりたい」から「なれるという職業ではない。
小学1年生が何の根拠もなく「ボクは大きくなったらサッカーに選手になりたいです!」というニュアンスを醸し出しているようには思える。
そこの部分なのだろうか?

私自身、小学生の時には「漫画家になりたい!」と公言していたけれど、中学に入ってからは「漫画家になりたい」と言わなくなっていた。
簡単になれる職業ではないという一般的な考え方が理解出来たので、根拠もなしに公言するのはリアリティーに欠けるし、ちょっと恥ずかしいかもという理性が働いたのだと思う。

あくまで私の推測でしかないが、そういう事なのだろうか。

「オタク」=「気持ち悪い」というレッテルが先ずあって、「なんか人とは違う→ちょっと変→マンガ描いてる→わっオタクだ→気持ち悪い」となるのかなぁという思いもある。

どういう理由にしろ、勝手に言わせておけばいいと思うのだ。

映画「まあだだよ!」の中で、黒澤明が言っている。
「自分にとって本当に大切なものを見つけるといい。見つかったら、その大切なもののために努力しなさい。」

「大切なもの」がマンガであれ何であれ、人が生きていく上でそれはとても幸せな事だと思うのだ。









posted by かとう at 11:25| Comment(2) | つれづれなるままに

2017年01月07日

マンガ能力の経験値



「マンガ能力の経験値」というのがあり、マンガ描き初心者からプロとして活躍されている先生に至るまでが持っています。
そして、その経験値にはレベルがあります。
時間的に長い短いの経験値ではなく、マンガを表現する事に対しての「経験から得た技術や情報や理解度」が該当します。

ストーリーマンガを描いたことのない人の経験値は、当然「0」です。
ストーリーを考えて、コマ割りをして、ペン入れして、作品を完成させる…といった作業を何回も経て、レベルは上がっていきます。

ストーリーマンガを描く上での役に立つ情報や注意すべき情報などは、相応のレベルに達していないと理解することが出来ません。
何の役に立つのか、どうして注意すべきなのか…の判断が出来る能力がないと、情報は単なる言葉でしかなく、頭の中を通り抜けていきます。

私はストーリーマンガを描くために役立つ(と思われる)様々なツイートをしています。
「何の事をツイートしているのか」は、相応のレベルを持つ人には概ね理解していただいているようです。

ところが同じツイートに対して、ごく稀にトンチンカンな反応をされる方がいます。
私のツイートの内容を違う意味で受け止めておられるのだろうと思うのですが、大変に残念です。

専門学校の授業でも同様ですが、同じ事を話しても学生のレベルの違いによって、理解できる子と理解出来ない子が出てきます。
しかし、学校の場合はマンツーマンでの対応が出来るので、レベルにあったアドバイスを個人に対してする事が出来ます。

ツイッターの場合、不特定多数に向けてのツイートになるので、理解していただけない人が出て来るのはやむを得ないのだろうと感じています。

ちなみに私は「大ヒットを飛ばせる売れっ子マンガ家としての経験値」を持っていないので、「どういう描き方をしたらヒットするマンガが描けるのか」といったレベルのツイートは無理ですし、すべきではないと自覚もしています。



posted by かとう at 08:48| Comment(0) | つれづれなるままに

2017年01月02日

新年のご挨拶

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新たな1年がスタートしました。

今年こそは必ず!と誓いを立てて、頑張る決心をした事が何度もありました。
そんな事の繰り返しでいつの間にやら歳をとってきたのですが、思い通りに成果を出せた試しがありません。

誓いを立てることはとても大切ですが、「誓いを立てる」ことで「そんな自分に酔ってしまう」場合もあったように思います。

大事なのは「出来ることを精一杯続ける」こと。
そして無理をしないこと。

気がついたら、良い結果になっていたことが多いです。
そういうものだと思います。

posted by かとう at 06:23| Comment(0) | つれづれなるままに