2017年01月17日

気持ち悪いと言われる?



専門学校の学生から聞いて、「へぇ〜今の時代はそうなのか」と思った。
「マンガを描いている・漫画家になりたい」と言うと、オタクだと思われ、気持ち悪いと言われる…らしい。

「…らしい」と書いたのは、私自身そういう言われ方をした事がないからだ。

もっとも私がまだ若い学生の頃には「オタク」という言葉自体無かったし、マンガを描く人が周りにいること自体が珍しい時代だったから、そういう言い方をされなかったのかもしれない。

それにしても、「マンガを描いている事」が気持ち悪いのだとしたら、当時「オタク」という言葉はないにしろ、私も気持ち悪がられていたはずなのだ。

小・中・高を通じて、クラスのみんなは私がマンガを描くのを知っていた。
「うまいね〜!!」と褒められることはあっても、「気持ち悪い」と言われたことは一度もない。

では「漫画家になりたい事」が気持ち悪いのだろうか?

たしかに「漫画家」という仕事はかなり特殊であり、「なりたい」から「なれるという職業ではない。
小学1年生が何の根拠もなく「ボクは大きくなったらサッカーに選手になりたいです!」というニュアンスを醸し出しているようには思える。
そこの部分なのだろうか?

私自身、小学生の時には「漫画家になりたい!」と公言していたけれど、中学に入ってからは「漫画家になりたい」と言わなくなっていた。
簡単になれる職業ではないという一般的な考え方が理解出来たので、根拠もなしに公言するのはリアリティーに欠けるし、ちょっと恥ずかしいかもという理性が働いたのだと思う。

あくまで私の推測でしかないが、そういう事なのだろうか。

「オタク」=「気持ち悪い」というレッテルが先ずあって、「なんか人とは違う→ちょっと変→マンガ描いてる→わっオタクだ→気持ち悪い」となるのかなぁという思いもある。

どういう理由にしろ、勝手に言わせておけばいいと思うのだ。

映画「まあだだよ!」の中で、黒澤明が言っている。
「自分にとって本当に大切なものを見つけるといい。見つかったら、その大切なもののために努力しなさい。」

「大切なもの」がマンガであれ何であれ、人が生きていく上でそれはとても幸せな事だと思うのだ。









posted by かとう at 11:25| Comment(2) | つれづれなるままに

2017年01月07日

マンガ能力の経験値



「マンガ能力の経験値」というのがあり、マンガ描き初心者からプロとして活躍されている先生に至るまでが持っています。
そして、その経験値にはレベルがあります。
時間的に長い短いの経験値ではなく、マンガを表現する事に対しての「経験から得た技術や情報や理解度」が該当します。

ストーリーマンガを描いたことのない人の経験値は、当然「0」です。
ストーリーを考えて、コマ割りをして、ペン入れして、作品を完成させる…といった作業を何回も経て、レベルは上がっていきます。

ストーリーマンガを描く上での役に立つ情報や注意すべき情報などは、相応のレベルに達していないと理解することが出来ません。
何の役に立つのか、どうして注意すべきなのか…の判断が出来る能力がないと、情報は単なる言葉でしかなく、頭の中を通り抜けていきます。

私はストーリーマンガを描くために役立つ(と思われる)様々なツイートをしています。
「何の事をツイートしているのか」は、相応のレベルを持つ人には概ね理解していただいているようです。

ところが同じツイートに対して、ごく稀にトンチンカンな反応をされる方がいます。
私のツイートの内容を違う意味で受け止めておられるのだろうと思うのですが、大変に残念です。

専門学校の授業でも同様ですが、同じ事を話しても学生のレベルの違いによって、理解できる子と理解出来ない子が出てきます。
しかし、学校の場合はマンツーマンでの対応が出来るので、レベルにあったアドバイスを個人に対してする事が出来ます。

ツイッターの場合、不特定多数に向けてのツイートになるので、理解していただけない人が出て来るのはやむを得ないのだろうと感じています。

ちなみに私は「大ヒットを飛ばせる売れっ子マンガ家としての経験値」を持っていないので、「どういう描き方をしたらヒットするマンガが描けるのか」といったレベルのツイートは無理ですし、すべきではないと自覚もしています。



posted by かとう at 08:48| Comment(0) | つれづれなるままに

2017年01月02日

新年のご挨拶

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新たな1年がスタートしました。

今年こそは必ず!と誓いを立てて、頑張る決心をした事が何度もありました。
そんな事の繰り返しでいつの間にやら歳をとってきたのですが、思い通りに成果を出せた試しがありません。

誓いを立てることはとても大切ですが、「誓いを立てる」ことで「そんな自分に酔ってしまう」場合もあったように思います。

大事なのは「出来ることを精一杯続ける」こと。
そして無理をしないこと。

気がついたら、良い結果になっていたことが多いです。
そういうものだと思います。

posted by かとう at 06:23| Comment(0) | つれづれなるままに

2016年07月18日

行動力の話



体験入学の参加者で「入りたいのだけれど、自分にマンガが描けるか絵が上手になるだろうかと不安です」と訴えてきた人がいました。
マンガを描いた事がない自分が、専門学校に入ってやっていけるのだろうか?という心配を抱えているのです。

「描かないで頭で妄想するだけ」だから不安になる。
まず描いてみてどこが描けないのか分かれば、それはもう不安ではなく「どう描いたらいいのか」という目標になります。

ただし、「どう描いたらいいのか」という目標ができたからといって、何もしなければいつまでも描けるようにはなりません。
人によって描けるようになるまでの時間に差は出てきますが、行動によって必ず結果は出てくるものです。

結果が必ずしも希望通りになるとは限りません。
しかし、結果が出るからこそ次のステップに進めます。
不安がって躊躇し続けるのは、大切な時間を無駄に使っている事と同じだと気付きましょう。

行動をする事がとても大事だと思うのです。



posted by かとう at 05:28| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年12月07日

ツイッターを始めて3年になりました



当初は日常の事などをつぶやいていたのですが、「何か情報を発信出来て、誰かの役に立てたらいいな」と思うようになり、「ストーリーマンガ」の制作やそれに関する経験談などをつぶやく事がメインになりました。

ツイッターに限らず、ネットには様々な生き方・考え方の人がいて、情報発信に対して様々な反応があります。
「すべての人が同意してくれる」など、あり得ないことは分かっているにも関わらず、批判的なリツイートがあると当初は落ち込んでいました。

「私の言い方が悪いから誤解を生むのかも…」
「もっと分かりやすい言い回しがあったのかも…」

最近気づいたのですが、批判的なリツイートを見ると「ツイートの前後・それまでの流れを無視して、一部分だけを自分なりの解釈をして反応している」らしいということが見えてきました。
反応がトンチンカンなモノが多いので、遅まきながら「そういう事なのか…」と理解出来た次第です。

同じツイートに対して理解し納得してくれる人もいる訳ですから、「私の言い方」の問題ではなく「受け止める人の理解力と姿勢」の問題なのだろうと考えられるようになりましたので、以前ほど落ち込むような事はなくなりました。

……が、ツイッターの方でも繰り返しつぶやいているように、所詮は私個人の「ストーリーマンガ」論でしかありません。
納得していただける部分は参考にしていただき、そうでない部分はスルーしていただくのがありがたいです。



posted by かとう at 06:14| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年06月09日

検索ワード


検索にかかって、たまたま私のブログを訪れる方がいらっしゃるのですが、その検索ワードに時々興味深いモノを見つけることがあります。
例えば、この二つ。

「デビューできずに終わる漫画家」
「何円くらい貯めてから漫画家の道に進む?」

なぜ興味深いのかというと、まず前者は理屈が合っていません。
デビューしていなければ「漫画家」とは言えませんから、不思議に思いました。
デビューできないで終わる「漫画家志望者」なら分かります。
それとも「連載が取れずに終わる漫画家」という意味なのかな?

おそらく探し求める回答は見つからなかったと思います。

後者はかなり切実な想いが伝わってきます。
マンガ家になるまでは収入がないだろうから、貯めておく必要があるだろうと考えているのでしょう。

私などは、何処かに就職して生活ができる状況を作り、仕事以外の時間を全てマンガを描くことに費やして、デビューできたら仕事を辞めればいいと思っていましたし、事実そうやってきました^^;

マンガ家になる!と決意して、「マンガを描いたこともないのに」仕事を辞めてしまう人もいると聞きます。
そういう人に比べれば、健全な頭を持っている人なんだろうと思いました。




posted by かとう at 04:26| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年05月26日

今という瞬間


ここ数年の事です。
ストレスが溜まって精神的に落ち込んでいたりする時、何気なく吹く風に爽やかさを感じたり、道端に咲いている花がやけに綺麗に見えたりする事があります。
そんな時、「生きているからこそ感じられるんだなぁ」と思えるようになりました。

死んでしまったら「感じる」事が出来なくなるという事に気付いたのです。
当たり前の事なのですが、当たり前すぎて実感出来ていなかったように思います。
「喜怒哀楽」を失ってしまうと、楽しい事や嬉しい事、辛い事だって感じる事が出来なくなってしまう。
もちろん、好きなマンガだって描く事が出来なくなってしまう。

明日も明後日も生きていて当たり前だと思いがちだけれど、何が起きるか分からないのが人生。
今この瞬間に見ている見慣れた景色(部屋の中でも外でも)でさえも、死んでしまうと二度と見る事が出来なくなると考えると、その「風景」と生きている「今」という瞬間がとても愛おしくなってきます。

「今を大事にしなさい」とは、年配の方から耳にたこができるほど聞かされた言葉でした。
言葉として頭では分かっていても、身体では理解していなかった。
爽やかな風と道端の花のおかげで、それが実感出来、確かにその通りだなと思えるようになりました。



posted by かとう at 04:33| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年05月19日

構成や演出は時代と共に進化(?)していく


昔の映画やTVドラマを見直すと、(全てではないけれど)「テンポのダラダラ感」にショックを受ける事が多いです。

見ていると、不要なカットのオンパレードです。
「そんなシーンを延々と見せる必要はないでしょ…」という展開があったりします。
なかなか話が始まらなず、ストーリーの本題に進まない。
主人公は何をしたいのか、一向に見えてこない。
何を見せたいのか、どこを面白がって欲しいと思って作っているのか伝わってこず、画面だけがダラダラと流れていく。
そんな印象の作品が多いように思いました。

そういう作品をみて思うのは、「マンガを描きなれない人」が描くマンガとの類似点が多い事。
逆な言い方をすれば、「マンガを描きなれない人」の描くマンガは、その当時に描かれていたら「通用する」だろうと思える事。

構成や演出というのは日々進化しているという事なのだと思います。




posted by かとう at 04:48| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年05月06日

ゲームの攻略動画の楽しさ


今「ブラッドボーン」にドップリとのめり込んでいる私です。

とにかく難しいゲームで、すぐ死にます^^;
で、進展できずどうしようもなくなると「攻略動画」のお世話になります。
攻略動画を見始めたのは、これまたドップリとハマった「ダークソウル2」からなのですが、見て驚いたのは「プレイヤーのおしゃべり」に個性があり、「おしゃべりの面白さとプレイ画面」で一つのエンターテインメントとなっていた事。

ひたすらボヤきながら攻略をする「ゲーム下手な人」のは、見ていて笑ってしまい勇気をもらえたりしました。

様々なゲーマーが様々な攻略動画をアップされていますが、「ブラッドボーン」で参考にしながら楽しませてもらっているのが「のあたん」という女子ゲーマーさんの動画。

何歳位の方なのか分かりませんが、「声」や「しゃべり方」や「セリフのセンス」や「反応」がとにかく可愛いくて面白く、食い入るように見てしまいます。
アニメに出てくる女の子的な「しゃべり」なのですが、演じているのではなく「素」のようなところが魅力的なのだろうと思います。
(「ブラッドボーン」は「お化け屋敷的」なホラーゲームなので、「素」が出てしまわざるを得ないのです)

興味にある方はぜひこちらを
「ブラッドボーン 女子ゲーマーが輸血しながら獣狩り」#1
http://youtu.be/0rA_6b4b7NI



posted by かとう at 06:56| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年01月04日

新年のご挨拶


遅ればせながら、謹賀新年。
今年も一年が始まりました。
出来ることを、無理せず精一杯がんばりたいと思っています。

本年もよろしくお願いいたします。
posted by かとう at 16:56| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年12月31日

今年も一年が終わってしまいます。


私が毎年感んじるのは、昨年よりも確実に1年という時間が短くなっていること。
年々短くなってきています。
残された時間が、つまりドンドン無くなってきているということですね((((;゚Д゚))))

私は幸せな事に、夢だった「マンガ家になる」は叶いました。
今は専門学校や通信教育で、「かつての自分」に「マンガの描き方をアドバイスする」仕事に携わっています。
何人かがマンガ家としてデビューされていますが、僅かでも役に立てていたとしたらうれしい。
このうれしさには、「マンガを描くうれしさ」とは違う「うれしさ」があります。

マンガ家はデビューよりも「マンガ家で居続ける」方が難しいので、「デビューできたからバンザイ!」とはならないのですが、それでもデビューしなくては何も始まりません。

マンガが大好きでマンガ家になりたいと思っている人達は、ホントに「昔の自分」と重なります。
そんな人達の力になりたいというのが今の私の夢。

来年もがんばりたいと思います(^ ^)


posted by かとう at 08:25| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年10月08日

ナマズを食べる


大企業に勤めていた時に、取引業者さんの接待で「料亭」に一度だけ行ったことがありますが、「料亭」などとはトンと縁がない生活を送ってきました。
そんな私なのですが、とある「料亭」に行ってきました。

武蔵野線の吉川という場所にある、かの新撰組の近藤勇も通っていたという創業400年の老舗の料亭です。
テレビ番組でたまたま知って、近藤勇も食べたというナマズとはどういう味なのか知りたくなってしまったのです。

予約制だということで前日に予約を入れ、ドキドキしながらナマズ料理のコースを食べてきました。
慣れない高級な場所で食べるのは緊張感がありましたし、食べているものがナマズという初体験で、「非日常」を経験しました。

「これが、近藤勇が食べていたという…ナマズか」

いい経験をしてきました。

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ナマズの刺身

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ナマズの天ぷら

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ナマズの照り焼き

ちなみに美味しかったです。
posted by かとう at 19:10| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年10月06日

面白い映画は最初から面白い


劇場に足を運んで映画を観る機会がめっきり少なくなりました。
その分CSやBSで映画をよく見るようになりました。
(地上波はもうダメです。CMがメインで映画は添え物。ヒドイ状況になってきています。)

映画館は劇場に入ると、たとえつまらなくても余程のことがない限り最後まで観る事になります。
しかし、つまらない映画を見て劇場を後にする時ほど悲しいことはありません。
貴重な時間とお金を盗まれた気分になるのです。

録画した映画というのは、つまらなければ観なくてもすみます。
だいたい開始から20分たってもつまらないものは、停止して消去。
基本的にそういう映画は最後まで観てもつまらない事がほとんどです。

昔はつまらない映画も積極的に見ていました。
「なぜつまらないのか」を経験するためです。
「つまらないマンガを描かない」ためには、「つまらないものを知る」必要があったのですね(⌒-⌒; )
今は何がつまらないのかが分かるようになったので、「つまらないものは見ない」ようになりました。

面白い映画って「最初のシーンから面白い」ものだということを最近知りました。
そういう映画には滅多に出会わないのですが、最初から面白さ全開で、気付くと観終わっています。
当然余韻も残ります。
エンドロールまで観てしまう。

面白さの基準にはもちろん個人差があると思うけれど、そういった面白い映画は「アイデア・テーマ・演出・構成がしっかりしている」のは間違いないです。


posted by かとう at 13:24| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年06月22日

「間(ま)」が操れればマンガは面白く読ませられる。



「間(ま)」の取り方で、マンガは面白くもなりつまらなくもなります。

「プロのマンガ家さん」と「 マンガ描き初心者」の描くマンガの面白さの差には様々なポイントがあると思われますが、この「間」の取り方の差もかなり重要な点なのではないかと思っています。


コマの中にどんな絵を描き、次のコマとの関連付けて繋ぐのか。
コマとコマとの「間白」で読者の想像力を喚起させ、感情をどう操作するか。

この二つが計算されているかどうかに尽きるのだろうと思います。

かなり抽象的な話なので伝わりにくいかとは思うのですが、「面白いマンガのコマ展開」は実に見事な「間」で「読者の気持ち」を引きつけているのが分かります。

posted by かとう at 05:37| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年06月06日

今の時代に昔の自分がいたら…


私が「マンガ家になりたい!」と本格的に思ったのはと高校生になった頃だと記憶しています。
当時はまだコピー機が一般的ではなかったので、仲間内で「肉筆同人誌」を作って数人で回覧するという様な活動をしていました。

どうしてプロのマンガ家になりたかったのかというと、自分が描いたマンガを多くの人に見てもらうためには当時は「プロになるしか方法がなかった」という事が大きいです。
さらにプロになりたかったもう一つの大きな理由は、仕事につかず「マンガを描いているだけ」で収入が得られるという憧れでした。
「マンガを描いて収入が得られる」というのは、「生活できる収入」という意味であり、「マンガでヒットを出して大金を手に入れたい」というのことではありません。

とにかくマンガを描くのが楽しくて仕方がない…という高校時代でした。

あれから40年以上が過ぎ、今はネットの発達や大規模なイベントとしてのコミケがあり、自分のマンガを多くの人に見てもらえる手段が個人の手に入りました。
私にとって「プロになりたかった理由」の一つ目はクリアできる時代になってしまいました。

2つ目の理由に関しては自分が実際にプロになって活動して実感したのですが、プロとしてマンガの連載をしていてもマンガだけでは生活出来ないという現実があること。
もちろんヒットを飛ばし続けているマンガの先生はたくさん存在しますが、そうではない先生はもっとたくさんいます。
こう言った情報は、すでにネットを通じてマンガ描きの人たちに認識されています。

とりあえず「マンガ家になれば、マンガを描くだけで生活出来る」は、現実的ではないため、マンガ家になりたいという理由としては説得力を持たないものになりました。

こう考えてみると、当時の自分が今の時代にいるとしたら、ひょっとすると「プロになりたいとは思わない」のではないか、と推測してしまいます。
堅実な仕事に従事して生活を安定させ、好きなようにマンガを描いて、ネットで配信したりコミケで売って多くの人に見てもらう。
そんな考えを実践しているように思えてしまう「今の私」です。

posted by かとう at 19:27| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年04月23日

ダークソウルをプレイして「自分」が見えた



自分は操作下手なため、キャラクターを作るとき「接近戦で武器を持って戦う戦士タイプ」を選ぶと、スグにやられて先に進めない。
必然的に「遠くから魔法を使って敵を倒す魔法使い」を選ぶことになる。
できるだけ安全な場所から保身しながらチマチマと闘うという方法。
ところが先に進む程敵が強くなってくるので、魔法の威力が効かなくなってくる。
どういう対策を取るかというと、防具を充実させる。
防御力の高いものは、体力や筋力・技量などのレベルアップが必要になるため、ザコ敵をひたすら倒し続ける作業を繰り返す。
とても地味な戦略だけれど、確実でもある。

これって、自分の生き方にそっくりなので唖然としたのです。
危険はできるだけ回避するように行動しようとする。
まず安全性を確保。
こまめに出来ることをコツコツ積み上げて行く。

「マンガ家になりたいので仕事を辞めてがんばる!」という人がいます。
「勇敢だなぁ!戦士だなぁ!」と、(皮肉ではなく)本当に思います。

「マンガ家目指してまっしぐら」というのは自分には無謀過ぎて考えもしなかった。
食べていかなきゃ死んじゃうから、まずは生活を確保。
会社勤めをしながらマンガを描き続けていた。
結果はスグには出なかったけど、チマチマとレベルアップして、最終的にはマンガ家になれた。

人には様々なタイプの人がいて、様々な生き方をしているのだ…と「ダークソウル」をプレイしていて改めて考えました。
凄い武器を携えて、敵に勇敢に闘いを挑みたいと思った事は何度もあるけれど、自分はやっぱり「魔法使い」としての生き方なのかなぁと思います。

posted by かとう at 06:37| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年04月22日

ダークソウル2


ドップリとハマっています。
こんなに夢中になったのは、ファミコンでドラクエを体験してハマった時以来ではないだろうか。
仕事を放り出して一日中ゲームをしていたいくらいの「のめり込み」度です。
さすがに仕事を放り出すわけにもいかず(大人ですから)、仕事の合間にゲーム世界に戯れるわけですが、続きが気になって仕方がない。

前作もプレイはしていましたが、一人で苦労の末かろうじてクリアしました。
今回は「召喚」をコワゴワ試して見たのですが、ネットを通じた生身のプレイヤーと一緒になって戦う事の
楽しさを知ったということが大きいのだろうと思います。
オンラインゲームを楽しんでいる人にとっては「え?今更?」な話なのでしょうが、奥手の私にとっては「目からウロコ」状態の斬新な面白さです。
共闘する時、「礼で始まり礼に終わる」というのもナンカいいです。

楽しいなぁ(⌒▽⌒)

posted by かとう at 07:06| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年02月09日

大雪


45年ぶりとかの大雪で、電車は動かずたいへんな混乱。
寒さもハンパない。
そんな中、せっかくの雪だからと外で写真を撮りました。

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ガシャポンのペギラ


image.jpg
スターウォーズのアレ

雪が本物なので、リアリティーがあって気に入ってます。

posted by かとう at 19:19| Comment(0) | つれづれなるままに

2014年01月08日

昔の自分へメッセージ


ツイッターでのつぶやきをまとめてみました。


連休の始まりでウキウキしている昔の自分へメッセージ
大丸2
休みだからってノンビリしてんじゃね〜よ。
今描かないでいつ描くんだよ〜。


自分はマンガ家になれるのだろうか?…と考えていた20代の自分へメッセージ
大丸2
そんなこと考えるより行動。
1ページでも多くマンガを描くことの方が大事。
描いていれば、気付かぬ内にマンガ家になってる。
そんなもんだから( ´ ▽ ` )ノ


会社勤めをしながら投稿マンガを描いていた、20代の自分へメッセージ
大丸2
どんなに疲れて帰ってきても「せめて枠線の一本でも描こう」としていた行動は、決して無駄になっていないぞ*\(^o^)/*


彼女もできず、ひたすらマンガにのめり込んでいた高校時代の自分にメッセージ
大丸2
彼女がいない寂しさは同情するけど、もし彼女がいたら「妙に充実しているその時間」を経験することは出来なかったはず。
そのままドップリとハマり込み続けていいと思うよ(^O^☆♪


コロコロで初連載をゲットするも打ち切りを告げられ、「このまま消えてしまうのだろうか…」と怯えている中年デビューの自分へメッセージ
大丸2
今描いているものに全力を注ぐ事だ。自分を信じて描き続けるしかないのだから。
道は自ずと開かれてくるものだよ(^_^)


今年もマンガ家になれなかったと、意気消沈して大晦日を迎えている20代の自分へメッセージ
大丸2
落ち込んでいる場合じゃない。
明日から新たなチャンスの時間がまた始まるぞp(^_^)q


投稿して賞に入ったので、すぐにデビュー出来ると思い込んでいた昔の自分にメッセージ
大丸2
賞に入った後の活動が大事。
ジッと待っていても何も始まらない。
マメに担当に接触し、デビュー出来るような作品を描く事に努めないとね^_^;

posted by かとう at 08:55| Comment(0) | つれづれなるままに

2013年10月08日

40歳は再度の頑張りどころ


私は40歳でコロコロコミックでデビューしました。
実際には35歳と年齢を詐称していたので、厳密に言うと「40歳デビュー」というのは正確ではないですけど(*^^*)。
今になって冷静に考えると、よくデビュー出来たものだと感心します。

「35歳(実は40歳になろうとしている)の新人に連載をさせてみよう」など、使う編集の立場を考えると相当の冒険だったと思うのです。
それから約十数年間ほぼ途切れることなく何作も連載を続けさせてもらったのですが、チョコボ以外は人気がちっとも取れませんでしたから、私のコロコロコミックマンガ家生活は奇跡に近い出来事だと思っています。
まだまだ描きたい気持ちは充分にあるのですが、さすがにもう年齢を詐称して「何処かで再デビュー」は難しい歳になりました(;^_^A

私の事はさておいて、まだまだ若い皆様はこれからが頑張りどころ。
ちょっと中年にさしかかった方々、40歳は再度の頑張りどころです。

前向きに進んでいれば、道はちゃんと開けてくるものです。
がんばりましょうp(^_^)q

posted by かとう at 19:59| Comment(4) | つれづれなるままに

2013年10月04日

個人の力技の限界


先日、PS3「THE LAST OF US(ザ ラストオブ アス)」というゲームを長男(社会人・オタク)から薦められてプレイしクリアしたのですが、この面白さは今まで体験してきたゲームとはひと味違う、何とも感動的な経験でした。
映画の中に入り込んで、主人公にまるで憑依したような感覚。
シナリオがとてもスリリング、泣かせる設定・演出の連続でドキドキハラハラ。

映画ファンには、「映画の世界に入り込みたい」という夢があります。
映画の世界に入り込んでしまう主人公を描いた映画が昔ありましたが、それが現実に体験できるようになったというのは凄い事です。

製作にはとんでもない手間とお金がかかっている筈です。
「個人で出来る限界」とはかけ離れた「凄いモノ」の凄さを感じてしまう体験でした。

ある意味ではマンガにも通じるところもあるよなぁ………とため息が出たのです。
優秀なブレーンやアシスタントを使わず、個人で一人でコツコツ描いていたのでは到底表現できない凄さってあります。
もちろん一人だからこその「凄さ」というのもあるのですが、やはり限界は感じてしまう今日この頃です。

posted by かとう at 06:18| Comment(0) | つれづれなるままに

2013年07月30日

「レディー」のフィギュア


フィギュア作りを趣味とされている いせきさんから、「駆けろ!大空」の「レディー」のフィギュアが完成したとのご連絡をいただきました。
「駆けろ!大空」は今から15年前にコロコロコミックで連載していた、数少ない私のオリジナル連載の1作です。
「コロコロには場違いなマンガ」と言われ続けていましたが、フィギュアを作っていただけるファンの方もいらしたのは、作者としてとても嬉しく感謝です。

いせきさんの制作ブログはこちら↓
http://ikpinky.blog.fc2.com/blog-entry-291.html

ちなみに「駆けろ!大空」は「サイファー」と共にJコミさんで無料配信中です
http://www.j-comi.jp/book/comic/44691
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2013年06月12日

検索ワード


たまたま検索にかかって私のブログを訪れる方がいらっしゃるのですが、その検索ワードに時々興味深いモノを見つけることがあります。
今回見つけたのはこの二つ。

「デビューできずに終わる漫画家」
「何円くらい貯めてから漫画家の道に進む?」

なぜ興味深いのかというと、まず前者は理屈が合っていません。
デビューしていなければ「漫画家」とは言えませんから、不思議に思いました。
デビューできないで終わる「漫画家志望者」なら分かります。
それとも「連載が取れずに終わる漫画家」という意味なのかな?

おそらく探し求める回答は見つからなかったと思います。

後者はかなり切実な想いが伝わってきます。
漫画家になるまでは収入がないだろうから、貯めておく必要があるだろうと考えているのでしょう。

私などは、何処かに就職して生活ができる状況を作り、仕事以外の時間を全てマンガを描くことに費やして、デビューできたら仕事を辞めればいいと思っていました。
事実そうやってきましたけどね(;^_^A

漫画家になると!と決意して、ロクにマンガを描いたこともないのに仕事を辞めてしまう人もいると聞きます。
そういう人に比べれば、健全な頭を持っている人なんだろうと思いました。

でも、こちらも求める答えは見つからなかったのではないかと推測しています。


posted by かとう at 06:55| Comment(0) | つれづれなるままに

2013年06月04日

最近気が付くと口から出る言葉。


「疲れたナ〜」


ほとんど無意識に何度も呟いているような気がします。
きっとホントに疲れているんだろうね。

気持ちはまだ「独立した40代の頃」のつもりでも、身体はとても正直(⌒▽⌒;)
「生涯現役だ!!」と頭は息巻いていても、身体は「無理ムリムリムリムリムリムリ…」と絶叫してます。

できる程度でそれなりに頑張ればいいか 〜 f^_^; と思う今日この頃です。

「マンガを描く」という「頭と身体を酷使する重労働」から、「マンガを描く人達に描き方を伝える」という仕事にシフトできたのは、とてもありがたい事だとつくづく思います。
頭を使うのはマンガを描く時と同等の能力を必要としますが、身体の酷使は少なくなりました。

なんでこんなに「疲れた〜」と言葉が出るのかというと、きっと人生に疲れてきたんだね。
人生っていうのは疲れるものなんだな、うん。
若い頃にはナカナカ見えないモノなんだな、うん。

などと、一人で納得してます( ̄(工) ̄)

posted by かとう at 19:02| Comment(0) | つれづれなるままに

2013年04月01日

言葉の力


マンガの専門学校で卒業生に贈る言葉として必ず書くのが、「継続は力なり」と「好きこそ物の上手なれ」です。
今まで生きてきてこれほど実感した言葉はないし、マンガ家になるためにはもっとも必要な言葉だと信じているからです。

しかし時々「これらの言葉はチャンと卒業生に届いているのだろうか?」と思うことがあります。
言葉の意味は理解できるでしょうし、おそらく納得は出来ているだろうとは思うのですが、「力を持った言葉」として影響力を与えているのか疑問です。

言葉には力があると思われていますが、やはり言葉はコトバでしかありません。
その言葉を「受け止める力を持った人」にしか、影響力は与えられないのではないのか?

「継続は力なり」という言葉。
「継続していれば少しづつでもレベルアップして行き、それが能力として身に付きますよ!」という事を短くまとめたコトバに過ぎません。
だから、どういう意味なのかというのはほとんどの人が理解できるだろうと思います。
だからと言って、それらの人がこの言葉から力を与えられるかというと疑問です。
おそらく「確かにそうかもね♪」で終わりです。

しかし、目的を持って継続していることでレベルアップを「実感した経験のある人」にとっては言葉の重みが理解できるし、何かをしようと思った時にこの言葉は力を持つことになります。
経験したことのない人にとってはリアリティーを感じられないため、言葉はただの文字が並んでいるだけのものであり、力を持つことはありません。

「言葉に力がある」のではなく、「言葉を受け止めることのできる人」が「言葉に力を持たせている」のだろうと思うのです。


「純と愛」という朝ドラの最終回の主人公のセリフにこういう言葉がありました。
(ツイッターでは「クソつまらないドラマ」と非難の嵐でしたが、つまらないドラマを何故最後まで見続けられるのかその精神構造が私には理解出来ませんでした(^^;;)

「奇跡は神様が起こすんじゃない、私たち人間が起こすのだ」

私自身が奇跡を起こした経験があるわけではありませんが、長く人生を生きていて様々なツライことを経験していると、神様に頼っていても何も解決などせず「自分が動いてこそ物事は解決して行く」事を知っているので、この言葉を受け止めることができました。

「言葉を感じ取れる力を持った人」には、この言葉はトテツモナイ影響力を持つだろうと思います。

posted by かとう at 08:09| Comment(0) | つれづれなるままに

2013年03月19日

自分のため、に世界に一冊しかない本を作る


古いタイプの人間なのでしょうか・・・・・マンガは本という体裁をとって読まれてこそ、最も面白く読むことが出来ると信じて疑いません。
作品自体が面白ければ、原稿の状態でもネットで読んでも面白いには違いないのですが、やはりページをめくる行為を含めて本で読むのが一番面白いです。

・・・・と前置きはともかく、WEBでしか公開していない自分の作品を本として読みたいという欲求がありました。
出版されることはまず無いでしょうから自分で作っちゃえと思い、時間を見つけては本を作るための画像データを作っていたんです。
案外手間がかかるもので挫折しそうになりましたが、何とか出来ました (^◇^)えへッ

全部手作りの、世界にたった一冊しかない、自分のためだけに存在する本です。
何という贅沢な(>人<;)


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昔だったら考えられないことですが、今は個人でも(労力を惜しまなければ)簡単に本を作れてしまう時代なのですね。
趣味で本が作れてしまうなんて、いい時代だなぁ~と思います。

posted by かとう at 13:03| Comment(4) | つれづれなるままに

2013年02月24日

添削癖



フェーマスでインストラクターとしての研修をしっかりと受け、添削の仕事を始めて自分自身の画力が向上したことに驚きました。

添削の仕事を始める前までは、実は自分に画力がないことに気が付いていなかったのです(お恥ずかしい)。

描けない人の添削をしていると、どこがマズイのかを確認し、どこをどうすれば良いのかを指摘して行く必要があります。
そのためには、基本が分かっていないとハナシにならんわけです。
そもそも私は全て独学でマンガを描いていましたので、基本的な知識など皆無。
感覚で絵を描いていました。

そんな状態でしたので、知識を元に絵を描くと「ちゃんとした絵」になるということが実感できて、目からウロコがポロポロ落ちるほどの驚きでした。

で、困ったことにどんなマンガを見ても「変な所」が直ぐに目につくようになって、気になって仕方がなくなってしまうのです。
それは専門学校の学生のマンガでもそうですし、プロのマンガ家さんの作品でもそうです。
「ここをこうすればいいのに!」とか思っちゃう。

考えてみると、マンガの一コマ一コマに描かれる絵をいちいち完璧に描いていたら時間なんていくらあっても足りないので、ある程度で妥協せざるをえません。
それっぽく見えれば取り敢えずOK!みたいなところはあるんです。

「マンガのマンガ2」は、かなり気をつけて描いているので、「マンガのマンガ」よりはしっかりした絵になっていますが、添削を入れたら山ほど直す所があります。
でも直すのは大変なので、描き直すつもりはありません(^◇^;)


基本的な知識は物凄く必要だという結論です。

posted by かとう at 16:19| Comment(0) | つれづれなるままに

2013年02月15日

何を重要視して描くのか



つくばの専門学校では、前期と後期に制作した課題作品をそれぞれ作品集としてまとめます。
二年生の後期のものは、卒業制作の作品集になります。

卒業制作の課題をまとめた作品集には、「卒業おめでとう」の意味合いも込めてマンガの講師の先生方も1ページ描きます。
(つくばのマンガコースは平成22年に出来たので、昨年春に一期生が卒業しました。その際、卒業制作作品集に各先生方に1ページの依頼があり、それが恒例になっています。)

私は昨年と同じものを載せるわけにもいかないので何を描こうかと悩み、オーソドックスな「贈る言葉」とそれに連動した「マンガのマンガ」のキャラクターを描きました。
伝えたいコトバを優先して、絵は添え物という扱い方です。

その時に、昨年の各先生方の1ページを思い出したのです。

一人の先生は絵が主体になっていました。
卒業に際して、素敵な絵を描くことでお祝いをするというスタンスです。

もう一人の先生はコマ割りした1ページマンガを描き、思い出になるようなシーンをプレゼントしていました。


各自スタンスが違っていて、「あの先生らしいな」と納得がいき、改めて面白いと思ったのです。

マンガを描く時に何が一番大切なのか・・・・というようなハナシがよくあります。
画力であるとかストーリーの面白さだとか、いやいやアイデアだろうとか。

大切なのは、「どんな手段で描けば、自分の想いが一番的確に伝えられるのか」を知ることなのではないのか。
それが個性と呼ばれるモノなのかなと、ふと思ったりしました。

posted by かとう at 06:26| Comment(2) | つれづれなるままに

2013年02月09日

やれば出来るじゃん


クリアを断念した「デモンズソウル」。
やはり諦めきれずに再度チャレンジして、ついに クリアしました♪───O(≧∇≦)O────♪

「ドラゴンズドグマ」が面白くてハマり込んでいたのですが、そのおかげで苦手だった3Dアクションに慣れたんだと思います。
まさかクリアできると思ってなかったので、メチャクチャうれしいです。(いや〜ドキドキしたな〜)

マンガを描くのも同じで、最初はうまく描けなかったけど繰り返し描いているとチャンと描けるようになったよな〜と昔を思い出してしまいました。
何でも継続して繰り返すことが大事なんだな・・・・と。


専門学校の卒業生に贈る言葉はいつも決まっています。

「継続は力なり」
「好きこそ物の上手なれ」

この二つは私の座右の銘でもあったりします。

次は「ダークソウル」に挑戦だ〜♪

posted by かとう at 18:03| Comment(2) | つれづれなるままに

2013年01月29日

思わずうなずいた話


ある50代のマンガ講師の先生とこんな話をしたことがあります。

話の発端は、「マンガ家志望者(初心者)の作品を見ると、何が描かれているのか分からない作品が多いよね。」でした。
そして、「なんでマンガが描けないんだろうね。」と続きます。

で、次に出たのが「俺たちって、最初からマンガ描けたよね。」というセリフ。
思わず頷いてしまう私。
「うん。描けたよね。」

モチロン絵は稚拙でしたし、ストーリーも幼稚だったと思います。
でも確かに「マンガ」になっていました。
ホントに最初からマンガが描けたのです。

なぜ、最近の志望者はマンガが描けないのだろう?
不思議です。

推測はできるのです。
私たちの時代は、むさぼるように「マンガを読んで」「こんなマンガを描きたいと憧れ」てマンガを描いていました。
だから、無意識のうちに文法が身についていたのです。
日本に生まれ生活していれば、日本語が無意識に喋れるのと一緒です。
(当時のマンガ自体も複雑な構造を持たず、オーソドックスな見せ方をしていたということもあると思います)

最近の志望者は、マンガから入るのではなくアニメから入ってくるようです。
(最初に目にするのはアニメで、字が読めるようになってマンガに触れるということです)

アニメで育ったマンガ家志望者は、アニメの表現方法を元にマンガを構築していきます。
プロのマンガ家の先生方にもその傾向があるため、それらのマンガを見本に志望者達はマンガを描くことになります。

オーソドックスな「マンガとしての見せ方」がされていないため、特に私達世代のマンガ家には分かりにくいということになるのかな・・・・などと考えたりしています。

posted by かとう at 05:52| Comment(0) | つれづれなるままに