2017年02月13日

代表的な感想


以下は、ストーリーマンガを見てほしいと頼まれて、その人に伝えた講評の一部です。

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◯◯さんへ。
ネーム拝見しました。
描きたいことは伝わってきますが、シリアスなストーリーマンガとしては圧倒的に画力が足りないため、マンガとしては成立しないように思います。
ストーリー構成に関して言えば、登場するキャラクターの紹介マンガにしかなっていないため、面白味が伝わってこないように思います。
世界観が分からないのはつらいです。
どういう時代の、どういう世界の話なのかが分からないまま展開していくのは、読者に対してかなり不親切。
登場するキャラクターも、どういう人物なのかが分からないままでのストーリー展開なので、読者が共感する事が出来ません。
「どういう人物」が「どういう世界で何をする」マンガなのかをしっかり伝える演出をしてみよう。

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この他にも具体的な内容のチェック・アドバイスがありますが、その部分は省略。

これ、◯◯の名前を入れ替えるだけで、かなり多くのマンガ描き初心者に当てはまってしまう講評文なのです。


posted by かとう at 18:29| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2017年02月07日

化ける!


つくばの専門学校も卒業制作を終え、あとは卒業式を待つばかりという時期になりました。
2年間に渡って授業でマンガを描き、マンガを描いたこともなかった子が、個人差こそあれマンガが描けるようになります。
それでもプロ並みの作品を描き上げるレベルまでは、そう簡単には到達しないものです。

その子は、学校に入ってから本格的にマンガを描き始めたという子でした。
最初の課題はかなりぎこちないものでしたし、1年生の時に提出された課題は下手ではないけれど、取り立て褒められるようなものでもありませんでした。
2年生前期の課題は、絵はしっかりはしてきたけれど、コマ展開がやや分かりにくく、詰め込み過ぎて今ひとつな作品でした。
センスはとてもいいし、勘所もしっかりしている子です。
1年半で、これだけ描けるようになっただけでも大したものだと思っていました。

先日、卒業制作の課題が提出されたので作品を見たところ、マジで驚きました。
もちろんネームのチェックはしていますし、こうしたらいいよというアドバイスはしたものの、出来上がった作品は興奮する程の完成度の高いものでした。
「ペン入れ・仕上げで作品を面白く見せる能力」が、予想をはるかに超える出来栄えになっていたのです。
信じられない!スゲエ!アンビリーバボー!です。
講師生活をしてきて初めて、「続きを読みたい!」と思った瞬間でした。
「化ける」って、こういう事を言うのでしょうね。
持ち込みに行けば、間違いなく担当が付くレベルです。

私は根が正直なので、ホントに出来のいい作品に出会うと「興奮を隠しきれず」褒めてしまいます。
それは相手にもきっと伝わっていると思うので、自信をもってくれたらいいなと思っています。
今まで100点という点数を学生の課題に与えた事はないのですが、きっと100点をつけると思います。

こういうことがあるから、講師という仕事は感動的で楽しいのです。



posted by かとう at 06:13| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2017年01月31日

プロにしてもらえる?



私は専門学校でマンガの描き方を教える立場なので、気になるのが「〇〇してもらえる」という考え方。

もちろん専門学校ですから、「マンガの描き方」は当然のことながら「教えて」もらえます。
授業ではマンガを描きために必要な知識や技術(の情報)が提供され、実習する時間が確保されます。

モンダイなのは次の点。
「マンガをうまく描けるようにしてもらえる」とか、「マンガ家にしてもらえる」と考えている人がいるみたいだという事。

専門学校は、教えられた知識や技術の情報を元に、「自分で実践して身につけていく」事が前提です。
個人の能力差はありますが、身につく速度や能力レベルは「学校サイドがしてあげる」ものではなく、「本人が努力する」事なのです。

専門学校に行かなくても、マンガ家になれる人はいます。
でも、なれない人だってたくさんいます。
同様に、専門学校に行ってもマンガ家になれない人は多いですが、なれる人だってもちろんいます。
要は、「なれる人はなれる」「なれない人はなれない」という当たり前の事実があるだけです。

それじゃ、専門学校などいらないのでは?と思う人がいるかもしれません。
では、何のために専門学校があるのか?
ポイントになるのは「独学では知り得ないプロのマンガ家の生きた専門知識・技術情報」が手っ取り早く得られるという事、マンツーマンでの作品製作過程でのチェック&アドバイスで「作品制作のノウハウ」を効率的に体得できる事、そしてマンガを描く時間がタップリ確保出来るという事実です。

簡単に言うと、「なれる人」にとっては「独りよがりの試行錯誤」で無駄な時間を浪費せず、「短時間で目標に到達できる」という事です。

本来なら「なれる人」が、独学ゆえに「なかなかなれない」あるいは「結果としてなれない」という人だって出てくるのです。

こう考えると、専門学校がどういう所なのかご理解いただけるのではないでしょうか。



posted by かとう at 07:37| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年11月02日

アドバイスを無視する学生の話


ストーリーマンガを描く上で、基本的な約束事というのがあります。

例えば、プロ用のマンガ原稿用紙は1.2倍の大きさに拡大して描いているので、当然セリフの文字も大きめに描く必要があります。

「大きめに書かないと印刷時に支障が出るから」と、何度アドバイスしても直す事をしない学生がいたりします。

直そうとはしているけれど、他の修正箇所に夢中になって忘れてしまうのかもしれない。
あるいは「文字を大きく書くだけ」というのは、なんの苦労もなく 直せると思っているので(実は大変な修正を意味するのだが)、「修正行為」としての認識がないのかもしれない。

結局出来上がった原稿は、明らか文字が小さ過ぎる(フキダシが小さ過ぎる)原稿になっており、なんのためのアドバイスだったのか分からない事になります。

プロの目から見れば、「たかが文字の大きさ、されど文字の大きさ」なのです。

相手が編集者 だった場合、3度以上同じ事を繰り返すと呆れ返られ見放されるかもしれない…という覚悟は持っていた方が良いです。

これはマンガに限らず、どんな仕事においても共通すると思います。

「仏の顔も三度まで」というのは、まさにこれだと思うのです。


posted by かとう at 06:04| Comment(1) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年10月25日

アドバイス出来る境界

「ストーリーマンガ」を、どの程度のレベルを目指して描いているかは、人によって様々なのだろうと思います。

専門学校では「プロを目指す」という前提で授業を進めますが、学生の意識が本気でそこに向いていないと内容が空回りする事になります。

内容を「分かりやすく」「読みやすく」描いて、読者に楽しんでもらうための「表現能力」を身に付けてもらう。
それが私の授業なのですが、この「表現能力」というのは極めようと思えば奥が深く、キリがないものです。

プロになるための最低ラインというのはあるので、そこまでのレベルには引き上げてあげたいと思うのですが、「レベル1」の人に「レベル10」向けのアドバイスを無理やり詰め込んでも、混乱するだけです。

現状の能力を判断し、一レベル繰り上げるためのアドバイスを個人別にせざるを得ません。
当然の事ながら、人によってアドバイス内容は違いますし、アドバイス量も異なります。

レベルの高い人にはレベルの高いアドバイスをすることになりますが、気をつけなくてはいけないことがあると最近気付きました。

ある一定の基本的な表現をクリアし、さらにその上のアドバイスというのは「個人的なマンガ表現方法」のレベルに入り込んでしまう恐れがある…という事です。

どういうことかというと 、「アドバイスする側の個性」の押し付けになる可能性が出てくる‥ということ。
今まで考えた事もなかった視点だったので、ちょっとドキッとなり、気をつけなくてはならないと思いました。
posted by かとう at 07:45| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年09月12日

どの程度の描き込みのネームを描くべきか



専門学校に来る学生は、基本的に「ストーリーマンガ」初心者が多いです。
ストーリーマンガを描く勘所をつかんでもらう為に、最初は「ネーム」は丁寧に描いてもらっています。

そうしないと、「何が描かれているのか一向にわからないネーム」が出来上がってくるため、アドバイスのしようがないからです。
(大雑把でも、何が描かれているのか分かるように描くのは技術が要るものなので、ラフに分かるように描くのは、逆に初心者には難しい。)

ある程度ストーリーマンガを描くことに慣れてくると、ラフなネームでも何が描かれているのか分かるようになってきます。
丁寧にネームを描くと時間がかかるため、「もっとラフに描いて時間を有効に使うように」と指導を切り替えるのですが、そのタイミングが難しい。


丁寧に描くことに慣れてしまうと、「ラフに描くことが出来なくなる」という困った状況が起きるからです。

ネームに時間がかかる原因が、「丁寧に描いているから」…というのはよろしくない。
コマ構成・ストーリー展開・演出のチェックに時間をかけるのが、本来のネームの時間の使い方だからです。



posted by かとう at 12:26| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年08月03日

専門学校で講師をしていて、不思議だと思った事。



その1
提出されたネームの「分かりづらい箇所」をチェックし、修正をしてネームをレベルアップするという授業で、修正せず全く別の新作ネームを提出してくる学生の存在。

その2
ノド側のコマをタチキリのコマとして描く子がいて、「その部分は隠れてしまうので,タチキリのコマとして描かない方がいい。時間のムダにもなるし。」と何度もアドバイスしても「分かっている」と言って描き続けていた。

その3
ネームのチェックの際、「ここは分かりにくいからこうしたら?」とアドバイスをする。
女性は意図を理解して忠実に修正し、男性は自分なりに解釈をしてアドバイスと違った方向に修正するという傾向がある。

その4
学業や仕事のかたわら、時間があればマンガを描く作業にあてていた…というのが、独学でマンガを学んで来た私の感覚。
「家ではマンガを描かない」だから当然「土日&祭日は描かない」…という学生がいたが、かなり不思議だった。

posted by かとう at 18:15| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年06月27日

画力は最大の武器



お世話になっている専門学校で行われた、先日の体験入学の時の話。

参加者された高校3年生の少女マンガ家志望の女の子。
作品を持参されたので拝見しました。
出版社に投稿して、戻ってきた原稿だとのこと。
その作品は投稿作品14作目とか。

見てビックリしました。
画力はもうプロ並み。
聞くと、小学5年の頃から「投稿」を始めたとの事。
現在高校3年生ですから、約7年間に渡ってマンガを描き続け、投稿し続けてきたことになります。

小学校の頃に、いたずら描き程度の絵を描き始める人はたくさんいると思いますが、「投稿」まで出来る人は滅多にいません。

好き勝手に絵を描くのとはちがって、「コマの中に必要とされる絵」を否応なしに描き分けなくてはならないのですから、絵がレベルアップするのは当然といえば当然です。

ただし、ストーリーマンガとしては展開が分かりづらく、何を見せたいのか伝わりにくい構成になっていて読みにくかったのが実に惜しい。
いわゆる「マンガ表現」と「ストーリー構成・演出」ができていなのです。

KFSの私のマンガ講座に参加された「2人」を思い出しました。
共に画力はプロ並ですが、マンガとしての構成・表現が劣るため、ストーリーマンガとして成立していない作品を描いていたのです。

半年間の講座を通してプロット・ネーム制作を実践し、マンガ表現の約束事やストーリー構成のコツを身につけていただきました。
しばらくして、2人共デビューされました。

プロ並みの画力を持っているのに,デビューにこぎつけないのはもったいない話です。
体験入学に参加されたその子が入学してくれたら、在学デビューも可能かも…と思いました。

「画力が優れている」というのは、デビューする一歩手前に居る事と同じです。
何と言っても「画力は武器」なのだと思います。

posted by かとう at 06:52| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年05月16日

「担当が付く」という事


投稿や持ち込みの結果、担当さんが付くというのは「デビューへ向けて」の第一歩が始まった…ということ。
担当付きになるというのは、具体的には「ネームを見てもらうようになる事」を指します。
描いたネームを見てもらい、イイとかダメとかいろいろチェックが入ります。
その際の「イイとかダメとか」というのは、「アイデア」や「ストーリー構成」や「演出」に関してがメインになります。

アイデアやテーマは面白いか。
キャラクターや世界観をどうするか。
どういうエピソードが必要なのか。
どうしたら面白く、魅力的になるのか…といった話作り・見せ方を、延々と続けます。

これ、結構シンドイです。
自分が描きたいことを好きなように描いてきたアマチュア時代と違って、別人がそこに介入してくるわけですし、その別人は「商品として成立する作品」を作る側の人だから尚更です。

数ヶ月で、デビューできる場合もありますし、一年以上かかる場合もあります。
場合によっては、結局デビュー出来ない事もあるわけです。

担当氏のダメ出しを受け止め、方向性の意図を理解し、描き直す…という作業を繰り返す。
「これ」が、「担当が付く」という事です。

デビューし連載が始まっても、この作業は延々と続いていきます。
相性が良く、「能力のある担当者」である事が望ましいですが、この出会いはもう「運」というしかないです。


posted by かとう at 05:06| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年05月02日

読むのは簡単。描くのは難関。


「ストーリーマンガ」って、サクサク読めて、ドキドキして、次はどうなるのだろうと次々にコマを読み進められる。
キャラクター達が何を考えて、どんな行動をしているのか、読者は特に意識しなくてもストーリーがスーッと頭に入ってくる。

「ストーリーマンガ」って面白いなァ〜。
コマの中に絵を描いてセリフを書けば、「ストーリーマンガ」が描けるのか!
自分も「ストーリーマンガ」を描いてプロになろう!
そう思って実際に描き始めると、そう簡単な作業ではないと気づく。

絵とセリフで描かれているから、ストーリーマンガは分かりやすく面白いのではありません。
プロの先生方が「どういう見せ方をしたらベストなのか」と知恵を絞って描いているから、「分かりやすく面白い」のです。


posted by かとう at 05:40| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年03月28日

「ストーリーマンガ基礎表現教室」の進行状態


意欲的に課題に取り組む方が多く、とてもよい形で進行しています。

多くの方から課題が提出され、気になった点や「こうしたらどうか」といったアドバイスをするのですが、課題提出が集まれば集まるほどそれらが有効な教材となっていきます。

「優れた1点の課題サンプル」を見本にするより、「欠点のある課題」と「対応したチェックポイント」がたくさんサンプルとしてあったほうが効果的だと私は思っています。

前者だと「こう描かなくてはならない」になってしまいますが、後者だと「こういう描き方をしなければ、自由に描いていい」という描き方が出来るからです。



新しい課題を考え出していかなくてはならないのがやや難儀ではありますが、面白い教室になっていきそうなのでがんばりたいと思っています。
posted by かとう at 08:34| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年03月14日

「ストーリーマンガ基礎表現教室」の事


ツイッターで新たに「ストーリーマンガ倶楽部」を作りました。
ストーリーマンガ制作に特化したアカウントです。

「真剣にストーリーマンガ」を描きたい人に絞り込んだ内容で、私もかなり真剣です。
そのためには、フォローする側・される側の信頼関係が必要になる為、承認制の鍵付きアカウントにさせていただきました。
ちなみに、「既にプロとして活動されている方」や、マンガは大好きだけど「マンガを描くつもりのない方」はご遠慮いただいています。

なぜそんな事を始めたのかというと
「1人でも多くの方にマンガが描けるようになってもらい、1本でも多くの面白いマンガを世の中に生みだしてほしい」という願いです。

そんなわけで始めた「ストーリーマンガ倶楽部」ですが、本アカウントとの差別化をどう考えたらいいのか迷いました。

参加者の提出した「かとう式マンガ表現基礎課題」に対して、「気付いた点・簡単なアドバイス」を続けているうち、見えてきた事があります。

日頃、本アカウントでつぶやいている事は言葉による抽象的なメッセージでしかないのですが、提出された課題とアドバイスを同時に見てもらうことで、メッセージが具体的になる事に気付きました。

(°_°;)   これって、学校で行っている授業と全く変わりないじゃん。
ということで、アカウント名を「ストーリーマンガ基礎表現教室」に変更した次第です


参加者の方がとても熱心で、私のアドバイスを受け入れてくれ、真摯な態度で描き直しをしてくれます。
その結果、他の参加者の皆さんにも「ビフォアー・アフター」を見ていただくことで、私のアドバイスが具体的な形として見えてくる事になります。

同じ一つの課題でも様々なアプローチの仕方があって、私にとっても刺激のあるアカウントになりました。


posted by かとう at 06:08| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年02月29日

マンガの専門学校と講師の存在意義



読者を意識した「ストーリーマンガ」の描き方には、様々な約束事があります。
いわゆる「マンガ文法」です。

その知識を学ぶだけでは、なかなか身に付くものではありません。
頭の中に知識として存在していても、身体が対応してくれないのです。
知識を活かすためには相応の訓練が必要になってきます。

知識を学ぶだけなら、市販の本を購入すればOKです。
しかし、だからといって「ストーリーマンガ」が描けるようになるわけではないのです。

マンガの描き方(知識)を教える講師は、「知識を教える」と共に「そのトレーニングに付添って」、具体的にアドバイスして身に付けさせていくまでが仕事です。
「トレーナーとしての存在」である事が重要な点だと思います。

独学でマンガを学んだ人から見たら、なんとも過保護に感じられるかもしれませんが、
それで「ストーリーマンガ」が描けるようになれば、それこそが専門学校が存在する意義だと思っています。


posted by かとう at 08:52| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年02月01日

「かとう式マンガ表現基礎課題」にトライしてみませんか?



専門学校の授業で、「マンガ表現の基礎」として3年程前から授業に取り入れている課題です。
ツイッターで公開したところ、多くの方が参加してくださいました。

実際の授業では、提出された課題に対して「伝わりづらい点」「誤解される表現」のチェック・アドバイスをします。
公開なので、自分1人の課題だけではなく全員の課題のチェックを確認できるので、いろいろなパターンを知る事ができます。

マンガの表現には、「こう描かなくてはならない」という正解はありません。
「どれだけ効果的に伝わるか」が重要です。

ツイッターに参加された方々のサンプルは、とても面白く参考になりました。
課題のポイントを的確に理解し、適切でオリジナリティのある表現がされている作品には、意表を突かれ感心しました。

皆さんもトライしてみませんか?


レベル1

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レベル2
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レベル3
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ちなみに参加された皆さんのサンプルは、ツイッターの以下のハッシュタグでご覧いただけます。

#かとう式マンガ表現基礎課題


posted by かとう at 06:17| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月25日

課題の意図を読み取らない(読み取れない?)人の話


多くの受講生や学生の提出課題を見てきました。
割合としてはごく少数ではあるのですが、添削困難な提出課題に直面する事があります。

例えば「大人と子供の描き分けをしてみよう」という課題があるとします。
大人と子供では、「体型の違い」や「顔のパーツのバランスの違い」があり、そのポイントを押さえて描けば、大人と子供の描き分けが出来るようになります。

課題の意図が分かっていれば、自分なりに「大人と子供」を描いて提出するのが普通です。
提出された課題に対し、適切に描かれている部分にはOKを出し、描き分けられていない点は「作例を描いてアドバイス」をする。

このやりとりがあって「課題提出・添削」が成り立ち、描き分けのポイントを身につけてもらう事ができます。

ところが、「読み取れないから」なのか「意図的に」なのか判断がつかないのですが、必ずと言っていいほど「意図から外れた」課題作品を提出する人がごく一定数存在します。

例えば、
「カエルとおたまじゃくし」を描いて提出する人。

確かに大人と子供には違いないし、ネタとしては笑えます。

お互い「マンガを描く人間」なので、「ユーモアで解釈するセンス」は評価してあげたいとは思います。
しかし、課題は「人のキャラクターの描き分け」という「お題」なのですから、「カエルとおたまじゃくし」を提出されても添削のしようが無いのです。

実に対応に困る瞬間なのです(⌒-⌒; )


posted by かとう at 05:04| Comment(5) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月18日

1ページ描くのにかかる時間と原稿料の話



先日、専門学校の1年生の授業でこんな質問をしてみました。
「プロになったと想定して、自分の作品の1ページの原稿料がいくら位なのかを考えて答えてみて」

なぜこんな質問をしたのかというと、1ページを描き上げる時間とギャラとの関連性を認識して欲しいという意図でした。

初心者なので要領が分からず、模索しながら描いているから描き上げるまで時間がかかるというのは分かります。
しかし(人にもよりますが)、多くの学生は作品を描き上げるのに時間がかかり過ぎます。
心配なのは、今のペースに慣れてしまうこと。

描き慣れて来たら、短時間で描ける能力をレベルアップをしていく必要が出てきます。

で、その質問の答えですが「相場を知らないので分からない」…という反応。
「確かにマンガが描けるようになる」ことに集中しているのだろうから、原稿料のことなど考えたことすらないのかもしれません。

相場など気にせず、あえて考えてみてほしい…ということで答えてもらいました。
上は15000円位、下は2000円位という認識でした。

次に、1ページ描くのに何時間かかるのか?を考えてもらいました。

例えば、31ページ(アイデアから完成原稿まで)の実質作業時間を100時間位とすると(私の場合ですけど ^^;  )、100÷31で1ページにかかる時間は3時間と少し。

今の新人の原稿料の相場が分からないので、原稿料を8000円としてみます。
おおざっぱな計算ですが、私の場合だと8000÷3で、時給は約2700円位。

10時間かかる人は、時給800円。
5時間なら1600円。
2時間なら4000円…ということになります。

当たり前の計算ですが、かかる時間が少ないほど時給は高くなります。

作品を時給で換算するなど言語道断!と思われる人もいるかもしれません。
趣味で描くなら何十時間かかろうが問題ないですが、プロになると原稿料で生活していかなくてはならないという現実があります。
(作品がヒットし印税がたくさん入ってくるなら、時給計算など不要ですけど^^;)


「一定のレベルの作品を短時間で描き上げる」という才能は、プロとして生きていくためには重要な能力だという事を伝えたかったのですが、うまく伝わったかどうかチョット不安です^^;


posted by かとう at 11:17| Comment(2) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月11日

面白い映画



CS・BS放送で、面白そうだと思う映画を片っ端から録画しています。
タイトルや簡単な内容解説を参考に、ジャンルは問わず‥です。

時間を見つけては録画した映画を観るわけですが、始まって最初の15分以内に「どんな主人公」が「何をしようとする」映画なのかが伝わってこないと、それ以降は興味が持てなくなり、観る気がドンドン失せてきます。

30分過ぎても、相変わらず「どんな主人公」が「何をしようとする」映画なのかが伝わってこないと、「分からない、解らない、ワカラナイ…」と脳がSOSをだし始めます。
そうなるともうダメ。
「面白そう」という気持ちが失せて「つまらない」という思いが勝り、退屈で苦痛になり、途中で観るのを止めてしまいます。

逆に、冒頭に「主人公はこんな奴」「こいつがこんな事をしようとしている」というのが面白いエピソードで描かれていると、一気に画面に引きづりこまれます。

私にとって面白い映画というのは、主人公がどういうキャラクターで、なにをしようとしているのかが分かるようなエピソードを、面白く描いた導入部であることが最低条件になっています。

「最後まで観ないと面白いかどうかは分からない」という見方もあるとは思います。
つまらない映画を見て、何故つまらないのかを分析するという見方もあると思います。
最近の私は、時間を無駄にするより「面白いものを沢山観た方が良いと思う派」になっています(^_^)

posted by かとう at 07:34| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年12月15日

今年ももうすぐ終わっちゃう



年々時間の過ぎるのが早くなり、寿命が短くなるのをヒシヒシと感じます。

「マンガを描いて原稿料をもらう」という生活から、「マンガの描き方を教える事でギャラをもらう」という生活になってずいぶん経ちました。

作品を描くのと同じくらい、教える事は楽しいです。
そして、「マンガを描く事を覚え、作品が描けるようになり、成長していく姿」を間近で観られるのは、ホントに嬉しいものです。
プロとして活動するまでに成長した姿は、神々しくさえ見えます。

が、同時にプロとして食べていく事がとても大変な事だと分かっているだけに、心配にもなるのです。
ぜひ頑張って欲しいと祈ってしまうのです。

みんな、がんばろーねp(^_^)q



posted by かとう at 14:43| Comment(3) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年11月16日

マンガ家はどうやってマンガ家になれたのか?


専門学校なんて行かなくたってマンガ家になれるし、アシスタントに行く方がずっと効率的だという話をネットでよく見かけます。

間違いではないけど、そんなに単純な話ではないよな〜と思っていて、専門学校で教えている立場としては、専門学校の存在理由を考えることが多いです。


「マンガ家はどうやってマンガ家になれたのか?」


「マンガ家になりたいと思ったから」

という方と、

「マンガを描きたいから」

という方がいて、
それぞれマンガを描いて投稿や持ち込みをし、(最近ではコミケやWEBでスカウトということもあるようですが)

編集部に認めてもらった結果、

「マンガ家になった」

シンプルですが、それだけのことです。

そこで疑問を持たれる方もいると思います。
マンガ家になれる人となれない人が出てくるわけですが、その差は何なのか?

一番の理由は「マンガを描く量」だと思います。

マンガは頭で学ぶものではなく、身体で覚えるものです。
持って生まれた素質も影響しますが、基本的には練習量(完成作品を描く)がモノを言います。
それが分かっていない人が多いです。

専門学校の学生で、マンガを描いたことがない子が初めて描くマンガの完成度を高めようとして、なかなか描き上げられないというケースをよく見かけます。
始めて描くマンガが完璧に描けるわけがありません。

まず完成させることが大事だと伝えています。
1作しか描いたことのない人より、2作描いた人の方が力は伸びています。
2作より3作、3作より4作なのです。

ただし、ただ数を多く描けばいいというものではない。
完成させた作品を見返して、どこがダメな部分なのかを理解することが重要です。
その欠点を、次の作品で直していく。
その繰り返しが多いほど、作品は完成度が増して行くのです。

ところが、その「欠点」は自分ではなかなか分かりづらいモノなのですね。
どこが悪いのか分からずに次の作品を描き、同じ過ちを繰り返してしまいがちです。
私もそのループにハマり、難儀したことを思い出します。

その「欠点」は、第三者(プロの眼)に指摘してもらうのが最も効果的。
指摘と共に、具体的な対策も手に入れば「鬼に金棒」です。

そういう視点から考えると、常にプロのマンガ家が待機してアドバイスしようと待ち構えている「専門学校の存在理由」が見えます。
そして、「あるべき学生の姿勢」というのも見えます。

専門学校はマンガ家になる資格を与えるところではなく、回り道をしないでマンガ家になるための訓練をする所。
学生はその訓練に積極的に参加していく覚悟を持つこと。

そういうことなんだと思います。


posted by かとう at 06:09| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年10月27日

講師になって見えてきたもの


今の私の仕事の大部分は「マンガを教える・添削をする」ということに費やされていますが、こういう立場になると見えてくるものがあります。

「人に見せるためのマンガ」には描き方のレベルがあり、それぞれのレベルがクリアできて初めて「面白いマンガ」を描くには・・・・・という段階に入ることができるのだ…という道筋がハッキリ確認できるようになりました。

専門学校で「教えられること」と「教えられないこと」の線引きが自分の中でできたということです。

「人に見せるためのマンガの描き方」というのは知識(構成や演出)・技術(正確なデッサン・パース・画面構成)であり教えることができます。
その知識を実践できるように練習することで、身につけることができます。

専門学校というのは、これらを学び実践するところなのですね。


専門学校で「教えられないこと」があります。

それは「面白いマンガ」の具体的な描き方。

「面白いマンガ」を描くには、マンガを描く知識(構成や演出)や技術(正確なデッサン・パース・画面構成)だけでは足りません。
「何を面白いと感じるのか」という作者のインスピレーション・アイデア・発想が重要になるからです。
こればかりは個人の持つ「感性」に関わるものなので、教えようがないのです。


逆な言い方をすれば、「感性」のある人が専門学校に来れば、間違いなく面白いマンガが描けるようになるという事になります。
知識や技術など、程度の差はあれ時間をかければレベルアップするものだからです。



posted by かとう at 04:54| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年10月20日

マンガをみせているかどうか…が最初の関門



講談社フェーマス主催の「創作マンガグランプリ」の予選審査の為、毎年11月に数多くの投稿マンガ読ませてもらう機会があります。

予選を通過する作品と落ちた人の作品の差は、「マンガを見せているかどうか」という部分がかなり大きいです。

予選を通過しない人のほとんどの作品に共通する事があります。

世界観やキャラクターなどアイデアを出し、マンガを描くという段階になって「どうやってマンガにしていいか分らない」ので、「登場人物達の会話」で「世界観とキャラクターを伝える」という展開をさせる。

会話が行なわれる場所は酒場であったり出会ったサブキャラの家であったりします。
そして、キャラクター・世界観を会話で説明した後、主人公と敵の戦闘場面を描いておしまい・・・というパターン。
モノによっては、最後まで会話だけということもあります。

印象としては、マンガではなく設定を読まされた感じです。


セリフによる「会話だけ」では、読者に共感は生まれません。
登場する人物が行動する様子をみて、読者が擬似体験することによって感情移入ができるわけです。

表情だけでなく体験していることを実際に(マンガのコマの中で)目にすることで、その時のキャラクター達の心の動きも感じ取ることができるものなのです。

当然といえば当然ですが、予選を通過する人の作品は「キャラクター達の行動によってストーリーが展開」していきます。

自分が描こうとしているマンガの世界観・キャラクターを詳しく伝えなくては・・・・という思いが強いのでしょうが、それらは設定として抑えておくものです。

最近の風潮として、マンガを描く時「まずキャラクターと世界観を詳細に設定しよう」というような事が言われているように思うのですが、それはあくまで設定でしかありません。
それらの設定をバックボーンとして、ストーリーを構築する際に基礎にしましょうということなのです。

設定をコマで説明しても、決してマンガにはならないことを理解してほしいです。

posted by かとう at 12:26| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年10月13日

こういう学生が稀に存在する(困った編)


「がんばった事」を評価してもらいたがる学生がいた。
がんばった事に対しては、労(ねぎら)いの言葉はかけられるが、だからと言って「作品自体が優れている」という評価は出来ない。
評価は描き上げた作品の出来に対してするものだ。


「納得のいく描き方が出来ない!」と、いつまでたっても完成させられない自称「完璧主義」の学生がいた。
「納得のいく描き方」というと聞こえはいいが、「描けない」という言い訳でしかない事が多い。
まずは描き上げないと「どこに欠点があるのか」さえ判断できないものなのだ。
最初から完璧なものを描ける初心者など、滅多にいない。


ネームのチェックの際、必要な修正箇所の指摘をすると、修正をせず新しく全く違うネームを描いてくる学生がいた。
いつまで経っても先に進めないのだ。
仕方なく、修正チェックをせずOKを出すと、出来上がってきた原稿は全く違うものになっていた。


ほとんど無反応という学生がいた。
滅多に口を開かない。
プロットやネームのチェックの際に、アドバイスをしても反応がないために理解できているのか判断が出来ない。
アドバイスを参考に修正する様子もなく、マイペースで作業をし続けた。


posted by かとう at 05:54| Comment(3) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年08月25日

同じ絵を3回描かねばならないマンガ制作作業


作品を完成させるには、ネームから仕上げ作業までの工程で同じような絵を3回描かねばならない。
面倒な作業ではあるのですが、案外それが楽しく感じられるのは何故なのか…考えてみました。

コマの中に描かれる「セリフと絵の連動」こそが、マンガを面白く見せる表現の特徴だと思っています。
「セリフと挿絵」の関係では、マンガとしての面白さは伝わりにくいものです。

プロットやシナリオは文字だけですが、ネームになるとコマ割りされて絵とセリフが入る事になります。
これが第1回目の絵入れ。
文字だけではなく「絵とセリフが連動したものになる」ので、シナリオより「マンガとして面白く」なっています。

下描きは2回目の絵入れ。
絵が詳細になるので、「絵とセリフの連動がより明確になる」ため、マンガとしてはネームの時よりより面白くなっているはずです。

3回目の絵入れは、ペン入れ・仕上げ作業。
仕上がった原稿は絵が更に詳細になり、加えてタッチまで伝えられるので、下描きより面白いマンガになるに決まっています。

こうして、描いている作品の「レベルアップ」が各作業毎に実感できるので、3回同じ絵を描くのが苦痛じゃないのだろう‥と私は思っています。

posted by かとう at 04:37| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年08月04日

「ストーリーマンガ」を描くエネルギー


いたずら描きのようなマンガを描き始めたのが中学生の時、オリジナルのキャラクターを作って本格的に「ストーリーマンガ」を描き始めたのが高校3年生の時ですから、既に50年近く何らかの形で「ストーリーマンガ」に関わっていることになります(もっとも、プロとして原稿をお金に換えることが出来るようになった時間はその1/3くらいの時間ですが)。

つくづく思うのですが、「ストーリーマンガ」を描くにはとてつもないエネルギーが必要なのだと感じます。
なぜこんな事を書いたのかというと、専門学校での「ストーリーマンガ」製作の授業では学生達は「描く作業」をするわけですが、その進行状況をチェックしながらアドバイスをして指導していると、学生達がひたすらただ描くだけの時間が流れていくわけです。
下描きやペン入れ作業に入ると、ただ作業を見守るだけという授業の週もあったりします。
学生達が机に向かってペンをひたすら走らせている様子を傍から見ると、先週と同じ事している様にしか見えないけれど、ページは進んでいるのが確認できます。
手の早い遅いの差はあるにしろ自分もこういうことをして描いてきたわけですから、人並みではない根気と集中力の凄さを改めて感じたのです。
実際に今私が受け持っているクラスの子は(全員ではないのがチョット残念ですが)、授業時間中はものすごい集中力で作業をしています。

でも、「ストーリーマンガ」を描くということは、それが「当たり前」であり「大前提」なのです。
それが出来ないと、「ストーリーマンガ」は描けるものではありません。
集中力・持続力が基本としてあって、その上に演出力や絵の技術力やストーリーの構成力など向上が必要になるわけですから、習得するためのエネルギーは膨大なものになります。
自分のことを振り返ると、それらのことを少しづつではあるけれど確実に身につけてきたわけです。


身につけるべき必要な技術は様々ありますが、基本的に大事なことは「ストーリーマンガ」を「描くのが好き」という「エネルギー源」を持っていることです。
そして、ひたすら描くこと。
すべての技術はいつの間にか身に付きます。

最近は歳のせいか頑張りがきかなくなっていて、若い学生の体力・集中力がとても羨ましく思える今日この頃です。



posted by かとう at 05:49| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年07月21日

「失敗作は描きたくない」という思い。


「失敗作は描きたくない」という思いは誰でも考えることだと思いますが、描き上げてみない事には判断が出来ません。

躊躇(ちゅうちょ)していてるうちは失敗作は描かないで済みますが、それではいつまでたっても上がりません;^_^A

講師という仕事をしていてつくづく思うのですが、マンガの描き方を教えるというのは難しいものです。

上達する方法は最終的に本人が作品をたくさん描くことなのですが、いざ作品を描くとなると大変な労力を必要とします。

できれば失敗作は描きたくないと思うのは理解できます。
面白い作品を描いて、一発で賞を取りたいと目論む気持ちも分かります。

でも、描くこともせず頭の中でいろいろひねくり回しても、それは所詮は自己満足の妄想でしかありません。

それを紙に表現してこそ作品となり、講師としてその作品にアドバイスや描き方の方法を伝えることができます。

熱心な学生さんは一生懸命作品を描きます。
でも、描かない学生さんも確実に存在します。

「描けない」のかもしれないけれど、自分が描かないことには先へ一歩も進みません。

描かない学生さんには、残念ながら私は何の役にも立てない(^_^;)

何かの縁で出会ったわけだから何とか力になりたいと思うのだけれど、なかなか思い通りにはいきません。


posted by かとう at 07:14| Comment(4) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年07月14日

誘惑のコマ



「誘惑のコマ」というマンガ用語をご存知の方はほとんどいないと思います。
なぜなら、私が勝手に作ったマンガ用語だからです(⌒-⌒; )

「誘惑のコマ」の意味は「マンガのマンガ」(コマ割りの基礎編)の方で解説してありますが、結構重要なテクニックだと思っています。

image.jpg
「マンガのマンガ/コマ割りの基礎編」より


マンガには「メクリ」というテクニックがありますが、それの「コマ間」版だと考えてもらうと分かりやすいと思います。
一コマ読んだら次のコマが気になって、気がついたら最後まで読んでいた・・・・・理想的なマンガの見せ方だと思いませんか?

実は私は投稿時代、初期デビュー時代にはネームなど描いたことがありません。
もちろんプロットもシナリオも「書いた」事がありません。

アイデアと大雑把なストーリーを頭の中でまとめ、何ページで描くのかを決めておもむろに1ページの一コマ目から原稿用紙に下描きをし、一コマ目を描いたら二コマ目と順番にコマを描いていました。

その時に重要だったのが、コマの繋がり具合。
一コマ一コマを面白く描かないと、描いている自分が飽きてしまいます。

次のコマはどうなるのだろうと、ドキドキしながら自分で描いて楽しんでいました。
行き当たりばったりの展開になってしまいがちですが、どうなるのか分からない面白さはあったように思います。

私のホームページのコロコロコミック掲載以前のマンガ(COMとマンガ少年の作品)はすべプロット、シナリオ、ネーム無しの原稿直描きです。
そんな経緯を経てマンガを描いているので、「誘惑のコマ」という意識が出てきたのだろうと推測しています。

だから何なの?というハナシなんですけど(*^◯^*)


ちなみに、ネームを描いた方が更にしっかりした構成のマンガを描けるのは間違いありません。
編集との打ち合わせにもネームは必要なので、描かざるを得ないという事情もありますね^^;

posted by かとう at 05:28| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年06月16日

売れるマンガの「具体的な描き方」は誰も教えられない


画力はOK!
効果線や背景効果・描き文字といったマンガ表現も完璧!
コマ割り・コマ展開・視線誘導すべて習得済み!
5W1Hもちゃんと理解した上で、ストーリー構成も的確に組み立てられる!
後は「売れるマンガをどうやって描いたらよいかを学ぶ」だけだ!

こういうマンガ家志望者がもしいたとしたら、専門学校にきても満足な結果は得られないと思います。

「売れるマンガ」の「具体的な描き方」など、学校で教えることなど出来ません。
そもそも「売れるマンガ」を「具体的に描く方法」など誰が知っているのでしょう。
「抽象的な方法」ならいくらでも教えられます。

魅力的なキャラクターを作り上げろ!
斬新なアイデアのストーリーを!
奇抜な世界観を造り上げろ!


でも、魅力的なキャラクターってどんなキャラクター?
斬新なアイデアってどういうアイデア?
どういうのが奇抜な世界観?
それが出来ないから苦労しているはずです。
仮に、それらに該当するものが出来たとしても、それが「売れるとは限らない」。

大ヒットしたマンガをいくら読んでも、それは「そのマンガだから売れた」ということしか分からない。
マンガは「結果として売れた」ことは分かっても、「こうすれば必ず売れる」という決定的なモノなど分からないものなのです。

「必ず売れる具体的なマンガの描き方」があるなら、マンガ家も出版社は苦労はしません(⌒-⌒; )




posted by かとう at 05:40| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年06月02日

後日談


以前のブログ記事の「成長する人を見る事ほど嬉しいことはない」の後日談です。

結果として、彼女の作品はその年の「創作コミックグランプリ」の(審査員全員一致で)「グランプリ」に選ばれました。
2013年12月の事です。


蛇足ながら、このマンガは私が今まで読んできたマンガ(商業誌に発表されているプロの作品も含めて)の中でも群を抜いて面白く、いつまでも私の記憶に残る作品になりました。

image.jpg
受賞作「ファンファーレ」の一部


講談社との繋がりができ、その後ネームコンペを経て、今年の3月よりコミックボックスでの週刊連載が始まりました。
原稿料をもらっての執筆ですので、間違いなく「プロデビュー」。
単行本も出る予定との事です。

作品タイトルは「女なのでしょうがない」。
読者の対象年齢が高いマンガですが、独特の作家性を発揮した面白い作品なので、沢山の人に見ていただきたいです。

とりあえずプロマンガ家としてスタートできましたが、大変なのはこれから。
ご本人は「マンガを描くのが楽しい!」と断言出来る人。
充実したマンガ家人生を送れる事を心から祈っています。


以下は、2013年年末の記事「成長する人を見る事ほど嬉しいことはない」の再録です。

******

マンガというのは、(描くのが心の底から大好きな人は)描けば描く程、レベルがアップしていきます。
その過程を見ることが出来るのは、喜びであり感動でもあります。

フェーマスが毎年主催している「創作コミックグランプリ」というオリジナルマンガの「予選審査会」が先日行われ、審査員として参加しました。
今年もたくさんの作品が集まり、ほぼ一日かけて審査が行われました。
今年で5年目(5回目)になるのですが、毎回熱心に投稿される常連さんがいます。
課題を添削して名前を知っている方もいらっしゃるし、直営教室で直接お会いして実践指導した方もいらっしゃいます。

そんな方のうちのお一人なのですが、毎年欠かさず投稿され、何度かお会いするとその都度必ず新しい作品を描いて持って来られる人がいます。
マンガを描いたことがないという人でしたが、マンガを描きたいというその熱意は半端ではないように感じました。
絵は当初は酷かったです(ゴメン)。
背景もデタラメでした。
でも熱心にどうしたらいいのかを質問し、アドバイスを守ってコツコツと頑張っていました。

働きながら時間を作ってコツコツとマンガを描かれているとのことです。
この方は画力は劣りますが、作家性を持っている貴重な才能の持ち主で、作品としては当初から面白いと感じていた人です。

「創作コミックグランプリ」の投稿作品の画力が、毎年少しづつではありますが着実に向上してきました。
今年送られてきた作品は、やっと人に見せられるレベルの絵になっていて嬉しかったです。

マンガ力はもともと持っていたので、人に見せられるレベルの絵で描けることにより、その優れた「作家性」が見事に開花した作品になっていました。

最終審査に私は参加できないので祈るばかりですが、どういう結果が出るのか楽しみです。
たとえ賞に入らなかったとしても、私には最高に面白く感動的な作品でした。

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posted by かとう at 06:11| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年04月29日

初心者はなぜマンガを描けないのか


専門学校の講師を始めた当初、「ストーリーマンガ」の描き方を教えるにあたって一番困ったのは「学生達はなぜ描けないのか」が「分からない」事でした。
ちなみに「絵が描けない」ではなく「コマ割りをしてマンガにする」という意味での描けないです。

自分は独学でマンガを描き始めたので、難しい事は一切考えず、ひたすら楽しんで描いていました。
その「ストーリーマンガ」をチェックする人もいないから、それでよいものだ思っていました。
ある程度描いていて「そろそろ投稿してみようかな」と思う頃には一通りのセオリーが自然に身に付いていたので、「ストーリーマンガ」を描く事で「分からない事」など無かったわけです。

そういうわけだから、講師として教える立場になった時、何を教えていいのか分からなかったのです。
だって、マンガの専門学校に来る人は、昔の自分みたいな人達ばかりだと思ってましたから。

何年か講師をしてきて、「何が分からないのか」が少しづつ分かってきました。

まず第一に、「ストーリーマンガ」を描けない人は「描きたいものが分からない」から、具体的にどうしたらいいのかが分からないんだという事が分かりました。

「描きたいものが分からない」っていうのは、言い方を変えると、「描きたいものがあるけれどそれが抽象的すぎて具体化できない」という事です。

例えば、自分の大好きな○○先生のマンガのような「カッコイ戦闘アクションマンガ」を描いてみたいと思っても、どんな主人公がどんな戦いをする「ストーリーマンガ」にしたらいいのか分からないという事です。

イメージは漠然とあっても、具体的な形を思い描けない。
ここから抜け出すには、一つ一つ具体的に考え出していくことが必要になってきます。

「話」は言葉で組み立てられています。
例えば「嫌な夢をみて目が覚めた主人公」と言葉で書くと、なんとなく聞いている方はどういう状況なのか理解出来たような気がします。
それぞれの単語は、想像力を刺激する内容を含んだ言葉なので、聞いている方が勝手に状況を想像します。
伝える方も勝手にイメージして伝えています。

マンガで描くというのは「具体的に描く」ということなので、「嫌な夢をみて目が覚めた主人公」を描くには様々なものを具体的に考えていかなくてはなりません。

まず「主人公」
男なの?女なの?大人なの?子供なの?それとも年寄り?
そもそも人間なの?


「嫌な夢」ってどんな夢?
具体的にどういう夢を「嫌な夢」としては伝えたらいいの?
どこで目が覚めたの?
場所は自分の家のベッドの中?
それとも布団?
季節はいつなの?
夏ならタオルケットか?
家の中ではなく、駅のホームとか公園のベンチの上かもしれない。

一つのことが具体的に決まると、次の展開が具体的に見えてきます。
なぜそんな場所で寝ているのか?
なぜそんな嫌な夢を見たのが?
嫌な夢をみて、主人公はどうしたのか?
考えなくてはならないことが次々にでてきます。
それらを、一つ一つ
具体的に考えて組み立てていくのが、「ストーリーマンガ」を描く行程になるわけです。

「具体的に描く」という事が理解できる事が「ストーリーマンガ」を描くキーポイントなのですが、「具体的」を勘違いしている人もいるようです。

例えば、誕生日とか血液型とか星座とか好きな食べ物とか、どんなキャラクターなのか細かい設定を出来るだけ具体的に考えるという人がいますが、必要とされる「具体的」の意味が違います。
この辺りが混乱していると、「ストーリーマンガが描けない理由」が理解できないと思います。


posted by かとう at 06:24| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年04月15日

「楽しむマンガ」と「売るマンガ」


プロとして活動するには「売るためのマンガ」を描かねばなりません。
「売れる」ということは、世の中の需要に合った商業作品を描く必要があるということです。

「売れるためにはどうしたらよいか」が最優先になります。
アンケートの結果を参考に、更に売れるにはと知恵を絞って編集者と作り上げて行きます。

プロのマンガ家の先生方は日夜そうやって頑張っています。
だから、時にはつらくなったり、精神が蝕まれたりします。

プロだから当たり前といえば当たり前なのですが、「そこまでしてプロにならなくても・・・・」と密かに思っている人って、案外増えているような気がします。

「日曜画家」や「日曜大工」と言う言葉があるように、「日曜マンガ家」として「マンガを描くことを楽しむ時代」になってきたように感じるのは私だけでしょうか。

同人誌やネットでの公開も、当たり前に行われる時代です。
商業雑誌に掲載するだけがマンガを発表する手段ではなくなっています。

ちゃんとした仕事でとりあえず生計を立て、「マンガを楽しんで描いて、人生を優雅に過ごす」というのもアリなのではないか?と思う事が多くなりました。

商業誌でも、同人誌でも、ネットでの公開でも、評価されるマンガはちゃんと評価されます。
結果としては同じような気もするのです^^;
posted by かとう at 06:06| Comment(2) | マンガ専門学校の講師の仕事