2016年11月10日

読み切りストーリーマンガの主人公の描き方



「誰が主人公なのか」「どんな主人公なのか」を、ちゃんと分かるように伝えるのは重要なポイントです。
主人公が分からないとストーリーの軸が見えにくくなり、何を見せたいのかが分かりにくい展開になってしまいます。

学生が描く読み切りストーリーマンガでありがちなのが、「魔物を退治するハンター」と「巻き込まれてしまう少女(または少年)の話。

巻き込まれてしまう少女(または少年)の視点でストーリーが展開し、「ハンターに助けてもらうまでの内容」になるパターンが多いのです。

少女(または少年)の視点で描かれている以上、主人公は少女(または少年)が主人公だと思って読者は読み進めます。
ところが、ハンターの活躍がメインになってしまう展開だと、「主人公の座」はハンターに移ってしまい、ストーリーの軸にねじれが生じて「どんな主人公が何をする話なのか」が分かりにくくなります。

少女(または少年)が主人公であるなら、ストーリーの軸は必ず少女(または少年)に置く事。

主人公は「してもらう」存在ではなく「してあげる」存在である事がポイント。

話を構成する上で、「誰が主人公なのか」をしっかり演出してストーリーの軸にねじれを生じさせない工夫が必要になります。



posted by かとう at 07:38| Comment(2) | マンガの作り方

2016年08月15日

セリフが主体になっているマンガ



私が小学6年生の頃のこと。
購読していたマンガ月刊誌に、子供向けの「マンガ教室」的な企画の記事があって、そこにこんな事が書かれていました。

「セリフを読んだだけで、何が描かれているのか分かってしまうマンガを描いてはいけない。」


子供ながらに「(・Д・)…  な、なるほどな〜!」と納得して以来、その言葉が刷り込まれており、自分の中ではマンガを描く時の「要注意基準」の一つになっています。

仕事柄、プロ未満の方の描いたストーリーマンガを見る機会が多いのですが、セリフに頼ったストーリー展開の傾向の作品が多いのが気になります。

セリフで状況を説明し、感情を説明し、内容を説明していくのです。
セリフの入っていないコマなどほとんど見当たらない…といったコマ展開になっています。

絵でどう表現したらいいのかが難しいのかもしれませんが、絵で表現してこそマンガの面白さが伝えられます。
絵で伝えられる部分は思い切ってセリフを省いてみる…といった表現は、マンガとしての面白さを伝える意味で大切だと思います。


posted by かとう at 04:27| Comment(0) | マンガの作り方

2016年05月31日

添削について


作品を拝見してアドバイスをしている時、「添削をしてもらった作品を、投稿や持ち込みしてもよいのですか?」と質問された事があります。
そんな事を聞かれたことがないので、一瞬戸惑いました。

もちろんOKですが、気になったので「ひょっとして、アドバイスを元に描いた作品は必ず賞に入ったり、採用されると思っていませんか?」と逆に質問したら、どうやら図星のようでした。

アドバイスを元に描きなおしたからといって、その作品が「賞に入ったり、採用されたりする」とは限りません。

いくら表現方法(マンガ表現やストーリー構成・演出)が適切だからといっても、元々のオリジナル作品自体の「テーマや発想あるいは絵柄」に優れた魅力がなければ、作品としての評価はされにくいのです。

極端な言い方をすると、「表現方法など適切に出来て当たり前」であり、作品としての採用の判断は「画力」であり「発想力」であったりするわけです。

アドバイスや添削ができる対象は、あくまで「表現方法」に限定されます。
「こういう事を伝えたい」なら「こういう描き方をすると適切に伝わる」というノウハウを講師は教えるのです。

「ストーリーマンガ」は、

「画力」
「マンガ表現力」
「ストーリー構成・演出力」
「アイデア、テーマの発想力」

の4つの要素で成立していると考えていますが、「マンガ表現力」「ストーリー構成・演出」は技術なので、アドバイスされた知識を身に付け、訓練することでレベルアップ出来ます。

「画力」に関しても、ある程度は技術なのでアドバイス・添削により、「上手い絵」を描けるようにはなります。
しかし、マンガ的な「魅力的な絵」を描けるようになる事とは別物です。

「魅力的な絵を描く力」と「オリジナリティのある発想力」は、持って生まれた才能や生活環境によるところが大きいです。
この2つに関しては、アドバイスや添削でどうにか出来るものではありません。

そこの所が理解出来ないと、
「添削してもらう」→「作品を描き直す」→「採用される」→「プロになれる」と短絡的に考えてしまう事になります。


posted by かとう at 05:43| Comment(0) | マンガの作り方

2016年04月18日

「メクリ」の正しい使い方



独学でマンガを描くことを学んだので、独りよがりの解釈をしていた事がいくつかあります。
そのうちの一つに「メクリ」に対する考え方がありました

「メクリ」という機能は、左ページの最後のコマに「次はどうなるのだろう?」というシーンを用意する事だとず〜っと思っていました。
しかし、これだけでは「メクリ」の効果は「半分しか機能していない」のです。

講師を始めて、「メクリの効果」を解説する際にどうも説得力が無いので、どうしたものかと悩んで、同僚の先生に相談したところ、「メクリの機能」とはどういうものなのか、初めて教えてもらいました。
「なるほど!」と納得出来たと同時に、「独学の限界」というのを感じたのを覚えています。

「メクリを効果的に機能させる」知識は、教えてもらわないとなかなか気付けないものだと思います。

気になっている人もいるかもしれないので、「メクリを効果的に機能させる」とはどういう事かを書いておきます。

「メクリ」のコマの「期待に応える」シーンを、つぎのページの「1コマ目に必ず用意する」…です。

「なんだ、そんな事か」と思われると思うのですが、コレとても重要なのです。

コレが理解出来ていないと、次のページが「メクリ」の延長でしかなくなり、ページを開いた瞬間の「サプライズ」が無く、刺激のない展開になってしまうのです。


posted by かとう at 05:39| Comment(0) | マンガの作り方

2015年09月21日

コマでナニを見せるのか


マンガはコマ割りされた画面を通して「ナニカ」を見せる伝達表現ですが、では「ナニカ」とは何かというと「描き手が伝えたいこと」。

「伝えたいこと」が「的確に伝わる」表現になっているかが重要なのですが、読者の目に入ってくるのは「コマの中に描かれた絵」なので、絵の「上手・下手」がマンガの価値の判断基準になりがちです。

でも、重要なのは「絵の上手・下手」ではなくて、「伝えたいこと」が「的確に伝わる」表現になっているか…ここがポイント。

絵が上手くても、コマに「上手い絵が並んでいるだけ」ではマンガの面白さは伝えられません。

「コマの中に何を描くのか」によって「次のコマにどうつながっていくのか」を、タイミングを計算した「間」で見せていく。
日本の「ストーリーマンガ」は世界に類のない独特のものだと思うのですが、これが出来ていれば、たとえ絵が下手でも面白いマンガになります。



(もちろん絵が上手いに越した事はありませんけどね)(^_^;)

posted by かとう at 07:24| Comment(0) | マンガの作り方

2015年09月14日

「何が描いてあるのか分からない」と「何を描きたいのか分らない」の違い


「何が描いてあるのか分からない」マンガ(絵が描けないというのは除きます)と
「何を描きたいのか分らない」マンガの違いって分りますでしょうか?

「何が描いてあるのか分からない」マンガというのは、コマ展開をしていく中で、必要な絵が描かれていないということです。
例えば、「走っている主人公を見せる必要がある」コマなのに、主人公の上半身しか描かれておらず「走っている事が伝わらない」といった表現とか、最初に背景が描かれていないために「登場人物が何処にいるのか分からない」といった表現です。

これらは、いわゆる「マンガ表現」が分っていないために、それらの描き方で読者に伝わると思ってしまっている「何が描かれているのか分らない」マンガ。

こういう初心者の方の役に立てるのではないかと考えて、「マンガ表現」をマンガで解説したのが『マンガのマンガ/コマ割りの基礎編』というマンガです。


次に、「何を描きたいのか分らない」マンガとは、「マンガ表現」をしっかり踏まえて描かれているのに、読み終わっても何を面白がればいいのかが分らないマンガです。
ストーリーは分るし、キャラクターも動いてはいるのですが、マンガを通して「描きたいこと」が伝わらない。
内容が詰め込まれすぎていて、それらを披露するだけのマンガ。
ただ、淡々とストーリーが展開し、盛り上がりもなく、なんとなく終ってしまっているマンガ。
いったい誰が主人公で、何をしているのかが感じ取れないマンガ。

専門学校に来る「絵は描けるしストーリーもちゃんと考えられるマンガが描けそうな人」達は、ほとんどの人がこのタイプです。
こういうマンガは「構成力」が欠けているのです。

こういう人達に「構成力とは何か」を解説したのが『マンガのマンガ/ストーリー構成編』というマンガです。


専門学校に来るマンガ家志望の人は2通りに別れます。
「何が描いてあるのか分からないマンガ」を描く人か、
「何を描きたいのか分らないマンガ」を描く人です。
(時々絵が描けない人も来たりしますが・・・・・)


『コマ割りの基礎編』と『ストーリー構成編』を読めば、基本的なことは理解してもらえると期待しています。
基本的な「マンガ表現方法」と「構成力とはどういうものなのか」に気づいてもらえれば、ちゃんとしたマンガが描けるようになります。


自分のマンガは
「何が描いてあるのか分からないマンガ」なのか?
「何を描きたいのか分らないマンガ」なのか?
まず確認してみる事が大事だと思います。

もちろん、両方しっかりと描きこなせている人はOKですV(^_^)V

posted by かとう at 04:44| Comment(0) | マンガの作り方

2015年08月10日

「5W1H」ってどういう風に考えればいいの?


「マンガの描き方」本には

「5W1H」をしっかり描く事が大切

…ということは書かれていても、マンガを描く上で「どう活かしたらいいのか」に関しては具体的な説明はほとんどなく、曖昧な扱い方が多いようです。

分かる人には分かるのかもしれませんが、過去の独学中の私には分かりませんでした^^;
好きな先生方のマンガをたくさん読んでいるうちに、「マンガを描くノウハウ」を自然と身につけるようになったのですが、「5W1H」に関しては結局のところよく解らないままでした。

マンガ家志望者の作品添削の仕事や学校での学生達の作品を見ていると、作品として成立していないものが多く提出されます。
何が足りないのだろうか? と思案した末に、「5W1H」が描かれていない事に気付き、なるほど「5W1H」とはこういう事なのか!と初めて自分でも理解できた次第です。

「ストーリーマンガ」の構造について理解しておかないと、「5W1H」をどうしたらいいのか混乱すると思います。
私自身がそうでした。

「ストーリーマンガ」は、エピソードの組み合わせで構成され、一つのストーリーとして成り立っています。
各エピソード毎に「5W1H」が必要になり、全体を通した「5W1H」は別に「本筋」として必要になります。


分かっている人にとっては当たり前のことなのですが、分かっていない人も多いです。
エピソードの「5W1H」と全体の「5W1H」を混同している人が特に目立ちます。
知っていれば、何が足りないのかが容易に判断できるようになります。
「5W1H」について、具体的に解説したマンガの描き方本を見た事がないので(あったらすいません^^;)、講師をしている立場として描く必要性を感じました。
「5W1H」を理解できなかった過去の自分に向けて描いたのが「マンガのマンガ/ストーリー構成編」というマンガです。

宣伝になってしまい申し訳ないのですが、かなり「5W1H」を理解する足がかりにはなるのではないかと考えています。

image.jpg
「マンガのマンガ/ストーリー構成編」の一部。

posted by かとう at 20:17| Comment(0) | マンガの作り方

2015年06月30日

「ストーリーマンガ」を描く初心者にありがちな事。


●初心者は描いたネームを元に忠実に下描きをしがちですが、ネームはあくまでコマ展開の段取りでしかありません。
「下描き作業」はネームをそのまま原稿に描くのではなく、コマの形や大きさの調整や絵のバランスなどの「ビジュアル処理の最終調整作業」だということを意識する必要があります。

●初心者が描きがちなマンガに「キャラクターを見せるだけ」というのがあります。
キャラクターを紹介するエピソードが描かれているだけで、「で、そういうキャラクターが何をするの?」が描かれていない。
キャラクター紹介のエピソードが「ストーリー」だと勘違いしているのだと思います。

●マンガ原稿用紙の裁ち切り枠(仕上がり枠)上に枠線を描いてしまったり、タチキリのコマなのに裁ち切り枠までしか絵が描かれていなかったり、とじしろ部分にセリフや重要な絵が描かれていたり。
「マンガの原稿の描き方」を無視して描きがちです。

●どのコマの中にもセリフを入れようとする傾向がある事。
「セリフでストーリーを伝えようする」からだと思うのですが、それではコマの中に描かれた絵は「さし絵」でしかなくなってしまいます。


共通して見られる傾向です。
簡単に克服できる事もあれば訓練が必要必要な事もありますが、とりあえず心に留めておいていただけたら…と思います。

posted by かとう at 05:01| Comment(0) | マンガの作り方

2014年10月13日

コマ展開について思う事


「テンポのよいコマ展開」というと、サクサクとコマからコマへ視線が流れる事を想像しがち。
でも、サクサクと視線が流れるだけのコマ展開では、マンガ独特の面白さは伝わりません。

同じテンポでコマをつなげては「間」が作れないため、単調な展開になってしまうからです。
マンガのコマ展開の面白さは「間」の取り方にあるのですが、知識ではないので伝えることが難しい。
各自がたくさん作品を描いて、数をこなして身につけていくしかないのだろうと思います。

コマとコマをつなぐ空間(いわゆる「間白」)で、読者の想像力を刺激するのがマンガの面白さだと言われます。

その「間白」で「どの程度の想像をさせる」のかは、マンガ家がそこで何を見せたいのかによって変わります。
その「想像幅」の調整が、マンガ家の味になるのだろうと思うのです。

「間」を操作するには、「間白」の「想像幅」の調整以外にも方法があります。
読者の視線をコマに注目させる「視線の停滞時間」の操作をするという方法。
「停滞時間」と言っても、僅か0.1秒以下程度の差だと思うのですが、脳が感じ取るには十分すぎる時間。

「大ゴマ」を使うというのは一番分かりやすい例。
そこに描かれる絵によって、さらに「視線の停滞時間」は調整可能になります。
image.jpg


その他にも、いわゆる「無駄ゴマ」を使って「間」を演出する方法もあります。
無くても展開は分かるけど、あった方が面白味がふくらみます。
image.jpg

posted by かとう at 10:20| Comment(0) | マンガの作り方

2014年05月18日

テンポが悪いマンガ



送られてくるマンガ作品を添削していて、普段は気にも止めていない事に気付くことがあります。

「テンポが悪いと言われるがどうしたらいいのか」という質問などはまさにその例。
「テンポのよいコマ展開を心がけることです」と答えるしかないのですが、これでは答えになっていません。

それでまず「テンポが悪いとはどういうことなのか」を具体的に考えてみました。

いろいろ原因はあると思うのですが、基本的には「無駄ゴマが多い」という事だろうと思うのです。
しかし、「無駄ゴマ」にも「演出として必要な無駄ゴマ」も存在するわけで、どんなコマを「無駄ゴマ」として考えるのか難しい。

「無駄ゴマ」には「不要な絵が描かれたコマ」と「ストーリー展開上不要なコマ展開」の2種類があって、共に描き手の「演出の過剰さ」に原因があると思うのですが、思い入れがある部分なので自分で判断するのはとても難しいです。

限られたページ数の中で、必ず伝えなくてはならない「絵」や「コマ展開」が存在しますので、まずそれを確実に描く事が最重要。
ページに余裕があれば、演出としての無駄ゴマを入れてやるのが理想的です。

しかし、<必ず伝えなくてはならない「絵」や「コマ展開」が分からないから無駄ゴマを描いてしまう>訳で、堂々巡りになってしまいます。

つまるところ、沢山作品を描いてその勘を研ぎすましましょう…という結論になってしまうのです。

添削では、とりあえず「無駄ゴマと思われる部分の指摘」と「こういう描き方にしたら?」というアドバイスをします。
無駄ゴマを見つけるヒントになってもらえればイイなと思っています。

posted by かとう at 16:35| Comment(3) | マンガの作り方

2013年02月19日

誘惑のコマ



「誘惑のコマ」というマンガ用語をご存知の方はほとんどいないと思います。
なぜなら、私が勝手に作ったマンガ用語だからです(⌒-⌒; )

「誘惑のコマ」の意味は「マンガのマンガ」(マンガ文法編)の方で解説してありますが、結構重要なテクニックだと思っています。
マンガには「メクリ」というテクニックがありますが、それの「コマ間」版だと考えてもらうと分かりやすいと思います。
一コマ読んだら次のコマが気になって、気がついたら最後まで読んでいた・・・・・理想的なマンガの見せ方だと思いませんか?

実は私は投稿時代、初期デビュー時代にはネームなど描いたことがありません。
もちろんプロットもシナリオも書いた事がありません。

アイデアと大雑把なストーリーを頭の中でまとめ、何ページで描くのかを決めておもむろに1ページの一コマ目から原稿用紙に下描きをし、一コマ目を描いたら二コマ目と順番にコマを描いていました。

その時に重要だったのが、コマの繋がり具合。
一コマ一コマを面白く描かないと、描いている自分が飽きてしまいます。

次のコマはどうなるのだろうと、ドキドキしながら自分で描いて楽しんでいました。
行き当たりばったりの展開になってしまいがちですが、どうなるのか分からない面白さはあったように思います。

私のホームページのコロコロコミック掲載以前のマンガ(COMとマンガ少年の作品)はすべプロット、シナリオ、ネーム無しの原稿直描きです。
そんな経緯を経てマンガを描いているので、「誘惑のコマ」という意識が出てきたのだろうと推測しています。

だから何なの?というハナシなんですけど(*^◯^*)

ちなみに、ネームをきった方がしっかりした構成のマンガを描けるのは間違いありません。

posted by かとう at 16:56| Comment(2) | マンガの作り方

2012年11月17日

マンガ文法/これだけはしっかり描こう(その3)



喋っているキャラクターとセリフ(フキダシ)は一つのコマ内に一対で配置し、誰のセリフなのか見ただけで分かるように描こう。

例えばこんなシーン。

男と女が向かい合っている。
男が女に「別れて欲しい」と言っている。
女が「どうして?」と言っている。


マンガ文法を知らない人は、平気でこんな描き方をします。

1コマ目。
男と女が向かい合っている。
2コマ目。
女の顔のアップ。「別れて欲しい」というセリフが書かれたフキダシ。
3コマ目。
男の顔のアップ。「どうして?」というセリフが書かれたフキダシ。

これでは、女が男に「別れて欲しい」と言っているように読み取れてしまいます。

実は2コマ目は、「別れて欲しい」と男に「言われた時の女の顔」を描いています。
3コマ目は、「どうして?」と「聞かれた時の男の顔」を描いているのです。

信じられないでしょ?
でも、ホントにこういう描き方をする人がいるのです。


まさか、あなたはしてないでしょうね?
posted by かとう at 18:34| Comment(7) | マンガの作り方

2012年11月16日

マンガ文法/これだけはしっかり描こう(その2)



登場人物が二人以上登場する場合は、それぞれのキャラクターの位置関係が分かるような状況説明のコマを必ず描く。


待ち合わせの場所に急ぐ男。
約束の場所ですでに待っている女。
女の前に駆けつけた男。
「女を待たせるなんてシンジランナイ!」と女は男に文句をいう。

こんな展開を描く時、マンガが描けない人は平気でこんな描き方をします。

1コマ目。
走っている男を描く(背景なし)。
2コマ目。
立っている女を描く(背景なし)。
3コマ目。
立ち止まる男を描く(もちろん背景なし)
4コマ目。
文句を言う女の顔のアップ。



1コマ目。
背景が描かれていない時点で、男がどこで何をしているのか分からないので、まずアウト!

2コマ目。
背景が描かれていないので、女がどこで何をしているのか分からないため、さらにアウト!

3コマ目。
走っている時は男を1人、待ち合わせ場所では待っている時は女を1人描けばいいが、待ち合わせ場所についた時には二人は同じ場所にいることになるのだから、人物がどういう状況になっているのかという状況説明が必要。

具体的にいえば、待ち合わせ場所をロングショットで描き、女の前に男が息も絶え絶えに立っている絵が必要ということになります。

4コマ目。
文句を言う女の顔のアップはOKです。

3コマ目がしてしっかり描かれていないと、待ち合わせ場所に辿り着けなかった男と、待ちぼうけを食らって文句を言っている女になってしまいます。
posted by かとう at 19:22| Comment(0) | マンガの作り方

2012年11月15日

マンガ文法/これだけはしっかり描こう(その1)



冒頭のシーンの始まりやシーンが変わる時には、ロングショットの背景とそこに居るキャラクターを、必ず一つのコマ内に描く。



これを描かないと、ストーリー展開の舞台になる場所が読者に伝わらないし、どんな所にキャラクターが位置しているのかも伝わりません。

例えば、屋上で男女が向かい合って立っており、女がさかんに男に話しかけているという冒頭のシーンがあるとします。

マンガが描けない人は平気でこんな描き方をします。

1コマ目。
小さめのコマで「柵」」の一部がクローズアップで描かれている。
2コマ目。
正面向きの全身の女性が一人大きく描かれていてセリフを言っている。
3コマ目。
やや斜め向きの、膝から上のほぼ全身の男性が一人立っている絵が描かれている。
4コマ目。
女性の顔のアップ。セリフを言っている。
5コマ目。
男の顔のアップ。
6コマ目。
女の横顔のアップ。また、何かを言っている。

一コマ目以外には背景は全く描かれていません。


クローズアップで描かれた柵だけの絵を見て、その場所が屋上だと分かる人はいません。
「ひょっとして屋上の柵?」と考える人が百人に一人位いるかもしれませんが、残念ながら確信までは持てません。
だって屋上の柵だと分かるような描写がされていないんですから。

柵とキャラクターの関連が分からないため、キャラクターが何処にいるのか分からず、二人はどんな状態でどんな位置関係なのかも分からないまま先に進まざるを得なくなります。
キャラクターがバツグンに上手で魅力的に描かれていても、何が描かれているのか全く分からないので、こういうマンガは先を読むのがイヤになります( ̄O ̄;)
posted by かとう at 18:23| Comment(2) | マンガの作り方

2012年10月22日

マンガを描く際に必要な画力



マンガの画力について、ツイッターで色々な意見が出ているというので興味深く読みました。
途中でついていけなくなり、実は最後まで読むことができませんでした。

そもそも最初に言い出した編集者の言ってた「画力」と、途中から展開している「画力」が違うものになっているような気がして、話が全く噛み合っていないように感じたからです。

専門学校や通信教育の現場で、漫画家になりたいと思っている人たちの描いたマンガを見る機会が多いから分かるのですが、何が描かれているのか読み手に伝わらない画力のレベルというのは存在します。

例えば
「走っている人」を描いても、走っているようにはどう見ても見えない絵を描く人がいます。
背景と人物のパースを無視しているため、人がどこで何をしているの分からない画面を描く人がいます。
上半身と下半身のバランスが不自然で、人間に見えない人を描く人がいます。
正面からのアングルしか描けない人がいます。
バストアップ斜め左向きの顔の人物しか描けない人がいます。

描き始めの頃には誰でも経験していると思いますが、そういう段階のレベルです。
繰り返し描いているうちに、画力は上達していきます。

⑴何が描かれているのか、ある程度は理解できるという画力。
⑵他人に見てもらえるレベルの画力。
⑶好き嫌いはあっても、説得力のある画力。
⑷ほとんどの人がみて、絵として上手く魅力的な画力。

という風に、レベルが上がっていくのだろうと思います。

どの段階のレベルで、持ち込み・投稿するのが適切なのか、という話なのではないでしょうか。
⑷のレベルであれば全く問題なくOKです。

プロのマンガ家として、他人に見せるマンガを描く場合は、少なくとも⑶のレベルは必要でしょう。

マンガを構成している一番大きな要素は、間違いなく「画力」です。

専門学校にマンガを学びにくる学生には2種類のマンガ家志望者がいます。
◎小学校の頃から「マンガの絵」を描いていて、マンガ家になりたいと思っているマンガ家志望者。
◎専門学校にきて、初めて「マンガの絵」を描くマンガ家志望者。

前者はペンの扱いもシッカリ出来ているし、「画力」も⑵くらいの力を持っていますので、マンガを教えるとメキメキと力を伸ばして行きます。
後者の「画力」を持っていない学生は、絵が描けないから、コマを絵で埋めることができず苦労をすることになります。

絵が描けないとマンガは描けないわけですから、「画力は重要だ」という事なのだと私は考えています。
posted by かとう at 06:41| Comment(0) | マンガの作り方

2012年09月26日

マンガを構成している要素(4)

マンガを構成している要素の四つ目は、前回、曲者だという言い方をした「アイデア・テーマ」です。

「アイデア・テーマ」を考え出すのが、一番最初に行うマンガの作業です。
「アイデア・テーマ」はマンガを描く上で、最も根本をなす重要な要素です。
コレが存在しないとマンガは描けません。

どんな「面白くて斬新で奇抜なアイデア・テーマ」を出して、マンガとして膨らませていくか、それによってマンガの面白さが決まってしまいます。

ところが、「面白くて斬新で奇抜なアイデア・テーマ」を出す方法を学校で教えることは不可能です。

もちろんアイデアの出し方は教えることはできます。
たとえば、日頃たくさん映画を観たり、本を読んだりして多くの引き出しを作っておくことです、といったアドバイスです。

でも、それは「アイデア」を出す方法であって、「面白くて斬新で奇抜なアイデア・テーマ」を出す方法ではないのです。

「面白くて斬新で奇抜なアイデア・テーマ」は、その人が育ってきた環境や生まれつきの感性が影響してくるもので、教えられて身に付くものではないのです。

●ビジュアル
●マンガ文法
●構成・演出

これらは既に存在する知識であり技術ですから、学んで身につけることができるのです。
しかし、「アイデア・テーマ」は存在しないものを生み出すわけです。
知識や技術では作り出せないものなのです。

絵が魅力的でも、ストーリー構成がしっかりしていても、読みやすく分かりやすいマンガであっても、最終的に「面白い」と感じる判断基準は「面白くて斬新で奇抜なアイデア・テーマ」の面白さに尽きます。

専門学校に行けばマンガは描けるようになりますが、プロとしてやっていける「面白いマンガ」を描けるようになるか・・・・・・は別の問題だということが理解していただけるでしょうか?
posted by かとう at 20:34| Comment(0) | マンガの作り方

2012年09月24日

マンガを構成している要素(3)

マンガを構成している要素のみっつ目は、「構成・演出」です。

コマの中に適切な絵を描くことが出来、マンガの文法もしっかり守られてマンガが描かれていれば、とりあえず最後まで読者に読んでもらえます。

しかし主人公は何をしようとしているのか、なぜそのようなことをするのか、どうなったのか、などストーリーが伝わってこないマンガは、読者を混乱させます。

また、ハラハラドキドキすることもなくただダラダラとストーリーが展開するマンガは、読んでいても面白くないので読者に読んでもらうための作品としては成立していません。

テンポ良く読者の興味をグイグイ引きつけながら、ストーリーを読ませていく要素、それが「構成・演出」です。

具体的にどういうことなのか、どうしたらいいのかという「構成・演出」の知識は、「マンガのマンガ2」で現在執筆中です。
(いつになったら完成するのでしょう・・・・^_^;・・てへっ)。

●ビジュアル
●マンガ文法
●構成・演出

この3つの要素は「知識」であり「技術」なので、専門学校という場で教えることができます。
そして、練習を繰り返すことによって身につけていくことができるものです。

さて、マンガを構成している要素の四つ目「アイデア・テーマ」というのが曲者なのです。




この続きは次回に。
posted by かとう at 10:10| Comment(0) | マンガの作り方

2012年09月22日

マンガを構成している要素(2)

マンガを構成している要素のふたつ目は、「マンガ文法」です。

絵が並んでいればそれでマンガに成るかといえば、答えはノーだということはお分かりになると思います。
どのような絵をどういう順序でつなげていくか、伝えたいことを読者に分かってもらうにはどういうコマ展開をすればいいのか。
この約束事が「マンガ文法」です。

「マンガのマンガ」で大雑把ではありますが「マンガ文法」についてまとめてみました。

マンガをたくさん読んでいれば自然と身に付く知識だと思われているのか、今までに市販されている「マンガの描き方」本で「マンガ文法」について書かれた本を目にしたことがありません。

確かに「のめり込む」ほど半端なく沢山のマンガを読んでいると、自然と理解はできるものですが、読者として「マンガが好き」程度では、ナカナカ分からないものだと思います。


どんなに絵が魅力的でも「マンガとして読む」ことができないと、それはマンガとはいえません。
絵をマンガとして面白く見せるためには、「マンガ文法」は重要な要素だと言えます。
posted by かとう at 09:10| Comment(0) | マンガの作り方

2012年09月19日

マンガを構成している要素(1)

マンガを構成している要素って何でしょう?
さまざまな考え方があると思うのですが、私は4つの要素があると思っています。

●ビジュアル
コマの中に描かれる絵の魅力(キャラクターや背景の描き分け・アングルや構図の使
い分け)

●マンガ文法
適切なマンガ表現の描写(効果線・描き文字・フキダシ・コマ割り・コマ展開)

●構成・演出
効果的なストーリー表現(5W1H、起承転結などのストーリー構成)

●アイデア・テーマ
斬新なアイデアの展開(オリジナルな発想)

作品が成立するには、以上の4つの要素が最低限必要になると思っています。




というわけで、今回は「ビジュアル」について書いてみたいと思います。
具体的に「ビジュアル」ってどんなことを指しているのかというと。

○性別・年齢など自然な体型でキャラクターを適切に描き分けられる。

○背景が的確に描ける。

○背景の中にキャラクターが適切な形で配置できる。

○キャラクターの動きが伝わる適切な描写ができる。

○二人以上の人物が同一画面内に適切に配置できる。

○キャラクターが魅力的に描かれている。

○魅力的なペン描写。

○きれいな仕上げの原稿が描ける。

・・・・・など、基本的なことです。

マンガは絵が描けてストーリーが作れれば描けると思っているマンガ家志望者が多い
ようですが、それは大きな間違いです。
一枚もののイラストが描けても、それはイラストが描けたということでマンガを描け
たということとは別の次元です。
マンガの最も基本的な部分は「絵が描ける」ということですが、マンガの場合の「絵
が描ける」は「コマの中に効果的に絵が描ける」ということを意味します。
コマに中にどのような構図で絵を描くのかということは、マンガのコマを構成してい
く上でとても重要です。

とはいうものの、まず絵が描けなくてはならないわけですね。

専門学校の体験入学などに参加される人達は、オリジナルのマイキャラクターをほと
んどの人が持っていて、スラスラと描きます。
しかし、ほとんどの人はバストアップのやや左を向いたキャタクターしか描けません。
顔だけ描けてもマンガを描くことはできませんから、こういう人が専門学校に入って
くると「全身を描く」ことや「動きを描く」事ができないため、四苦八苦することに
なります。
また、そういう人は背景を描くなんてできるわけがありませんから、七転八倒の思い
で背景の描き方を身につけていかなくてはなりません。

専門学校には、ペン描写や背景パースの描き方、キャラクターデッサンといった基礎
的な授業があるのが一般的です。
しかし、授業時間だけでは充分な時間とはいえません。
プライベートの時間も実践練習に割り当てて身体に覚えさせていかないと、ただの知
識で終わってしまいます。

この「ビジュアル」はマンガの一番目に重要な要素です。
パッとページを開いた時に、一番最初に目に入るのは、文字ではなく絵です。
絵が上手いに越したことはないのですが、更に「魅力的」であることが必要です。
絵の魅力に引かれ読みはじめるという事は、ほとんどの読者が経験されていることだ
と思います。

時代によって流行りの絵というのが存在します。
読者はそれらの絵をとりあえず魅力的と感じます。
そういう意味では、流行を意識することも大切ですが、そこに自分のプラスアルファ
が必要になってきます。
流行りの絵は必ず古く感じられ、廃れる運命にあります。

次の時代に生き残るためには、何かオリジナルな要素がプラスされている事が必要で
す。


posted by かとう at 09:33| Comment(0) | マンガの作り方

2012年08月20日

最近のキーワード

専門学校での学生のネームへのアドバイスや、フェーマスでのオリジナル作品に対する講評でも、最近私がやたらと使う言葉に「具体的に」というのがあります。

マンガというのは基本は絵でみせるもので、絵というのは具体的に描いて情報を伝えるということなのです。
こんなことは当たり前のことなのですが、マンガとしてコマ割りをして絵を描きこんでいく際にそのことが忘れ去られている傾向があります。

どう描いていいか分からないということもあるのでしょうが、描くのが面倒だから言葉で済ませてしまえという意図も感じます。
言葉というのは抽象的なものですから、それっぽい言葉を書き込めば何となく伝わるような気がするため、コマに配置して処理してしまう。

結局分かるのは自分だけ・・・・・・という描き方をする人が多いということです。

とにかく具体的に見せなくてはマンガにならないし、面白さも伝わらない。
自分の頭の中にあるものをどういう描き方をしたら読み手に伝わるのか、「具体的」に絵で描くという基本を頭に叩き込んで欲しいと思う今日この頃です。
posted by かとう at 09:43| Comment(0) | マンガの作り方

2010年07月09日

マンガのマンガ2

昨年はマンガを描く時間が作れず、一年で僅か40ページ程度でした。
今年に入ってからは更に描く事ができず、未だに18ページ前後のネームに四苦八苦しています。

なぜこんなに進まないのかというと、とても難しいからです。
ストーリーを作って物語を見せるマンガと違って、論理を組み立て原理を納得してもらえるように構築する作業が難航するのです。

頼まれた原稿ではないので、ギャラが発生しないということもなかなか進まない原因かもしれませんけど・・・^^;

マンガ家志望の人達に、マンガを描くということはどういうことなのかを理解してもらえるような基準をつくりたいと思い、それをマンガで表現することはとても意義のあることだという使命感にも似た想いがあります。

参考になるかどうかは保証の限りではありませんが、「そういうことなのか!」と感じ取っていただけたら幸いです。

ちなみに、「マンガのマンガ」は「マンガ文法」といったビジュアル面からのアプローチでしたが、「マンガのマンガ2」は「構成」という目に見えにくい部分からのアプローチです。

posted by かとう at 20:15| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガの作り方

2009年05月23日

キャラクターをつくる?

「マンガの作り方」という記事をブログで書いて以降、「マンガの作り方・描き方」といったマンガ製作の解説に興味を持ち、マンガ入門書やネット上でいろいろ目を通すようになりました。

それらの中で「キャラクターを作ってみよう」といった解説を読む度に違和感を感じています。
キャラクターを作るときに、絵だけではなく細かい設定を作ろうというアレです。
いわく、どんなものが好きか、生まれたのは何処?星座は何?性格はコレコレ・・・・といった細かい設定です。
意図しているものはナントナク理解できますが、そんな設定って何の役に立つのだろう?

アイドルキャラクターを作り出し、商品としてそのキャラクターを売り出すための戦略としてならなんとなく理解はできるのです。
たとえば「ゆうこりん」のようなコリン星出身で好きな食べ物は・・・といったような。

でも、マンガに登場するキャラクターというのは「マンガの作り方」の記事を読んでいただければ理解してもらえると思うのですが、「描きたいこと」を表現するために必要な役者としてのキャラクターでなくては意味がありません。

もちろん「こんなキャラクターがいたら面白い」というアイデアの発想の方法はありますが、そのキャラクター設定自体がアイデアになるほどの面白さを持っていなくてはならない種類の設定です。

そこらにいる一般の人の設定を持たせてキャラクターを作っても、無意味だと思うのは私だけなのでしょうか。

マンガというのは、絵を描くことではありません。
描きたいモノがあり、それを表現するための物語があり、コマでわった画面の中でそれを演じる役者(キャラクター)がおり、それらを演出してまとめたものがマンガです。

独立して成立するマンガのキャラクターなど、どう考えても有り得ないのに、それを勧める指導書や記事は私には理解不能なのです。

私には想像できない重要な意味があるのかもしれません。
「こういう意味があるのだよ」と教えてくださる人、どなたかいらっしゃいませんでしょうか?
posted by かとう at 06:26| Comment(3) | マンガの作り方

2009年05月09日

マンガの作り方・最終回

「マンガの作り方」をブログで書こうと思ったのは、某所で「ストーリー作りを学ぶ」という特別指導を行うことになったので、それに向けて基本の考え方を自分の中でまとめておく必要に迫られたからでした。
先日そのイベントも無事終了し、100%とは言えませんが伝えたいことは何とか伝わったようでした。

ストーリーを作るというのは、「話を考える」という単純なものではなく、自分の中にある「世界」を具体的に創り出す作業です。
その世界にはルールがあり、登場する人物達もそのルールに則って生きています。
そして、その世界というのは、作者の内面の具現化であるということです。

抽象的な言い回しで恐縮なのですが、9回まで読んでいただいた方には理解していただけると思います。


最終回として今回書くのは、出来上がったストーリーをマンガにする時の注意点です。
今回行った特別指導で、気がついたことがあります。
受講していた生徒さんのストーリーを聞かせていただいて、それに対してアドバイスをした時に、その生徒さんがとても納得してくれたことがあるのです。
そのアドバイスは、過去に専門学校の生徒さん達数人にもしたものなのですが、今回は特に反応が顕著だったので私も初めてその重要性に気付きました。

マンガ描きの初心者にストーリーを聞くと、彼らのストーリーはまず説明からはじまります。
「主人公はこういう人物で、こういう世界でこんな状況になっていて、こういう敵がいて・・・・・。」
つまり、背景となる世界感や人物の説明をしっかり説明してからでないと、不安なのかストーリーの展開を披露できない。
それをネームに起こすと、やはり順序だてて説明から始まり、延々とそれが続きなかなか本題に入れない。

専門学校で生徒のネームをみると、ほとんどのネームの始まり方は
●主人公のキャラクターを伝えるために説明をする。
●物語の構造をわかってもらおうと状況の説明を前置き的に描く。

この二つはとても重要で、最初にしっかりと見せなくてはならないものですが、見せ方を勘違いしています。
「説明してはいけない」のです。
物語の「展開の中で」主人公のキャラクターは読者に伝わらなくてはいけないし、状況も順序だてて時間系列に沿って展開すればいいというものではなく、順序を入れ替えたり省略したりしてテンポよく演出しなくてはならないのです。

具体的に例をあげます。
「マンガの作り方・第9回」の図、「ストーリーを構成する」を参照していただきたいのですが、「怪魍奇譚・第3話」は主人公のムラサキが友人の知美に心霊写真を見せられる所から始まっています。
この話を、専門学校の生徒が描いたら十中八九の人はここから始めないでしょう。
おそらく、こういうイントロを描くはずです。

高校の写真部で先輩が写してきた心霊写真に写真部員が驚いて大騒ぎするところから始まり、文化祭でのテーマは心霊写真コンテスト
決まるという盛り上がりを見せ、知美が親友のムラサキに頼めば自分は凄い心霊写真を撮れそうだと目論む・・・・・・・・・。

一見面白そうですが、これらは単なる説明なので展開される画面はあまり面白くはならないはずです。
決定的にだめなのは、主人公が不在な事。
描く側としては、最後のところで「親友のムラサキに頼めば・・・」と主人公に繋がるから、なかなかいい演出だと考えがちですが、感情移入できる人物を特定できないので、イントロ部分は説明としての意味合いしかなく退屈です。
ポイントになる心霊写真も写真部で披露してしまうので、その後に主人公がその写真をみて驚くというインパクトも薄れてしまいマズイ演出になります。

『起承転結』という構成がありますが、「起」は物語が始まるための「前説明」ではありません。
これから起こる出来事の発端と考えるべきです。

はじまりの部分に必要なのは「説明」ではなく、興味を持たせる「インパクト」です。
「なぜ?」という疑問が読者サイドに湧き上がった頃、絶妙のタイミングで説明を入れてやれば、本来なら退屈でしかない「説明」が「快感」に変わります。

頭で分かっていてもなかなか描けないものですが、頭の片隅に知識として存在していれば少しづつ実践して身に着いていくはずです。

「ストーリー作り」を含めて「マンガを作る」ためには、まだまだたくさんの身に着けておくべき要素が存在します。
専門学校で生徒さん達と接していて初めて気がつくことがあります。
長い間マンガを描いていると、当たり前と思っていることが初心者にとっては当たり前でなかったりすることが多く、正直なところ何を教えたら効果的かという判断が難しいのです。
そういう意味では、私自身も専門学校で勉強させてもらっています。

今回でひとまず「マンガの作り方」は終了しますが、また何か必要と思われる事に私自身が気付いたらブログに書こうと思います。
その時はまたよろしく。

次回は、マンガ家をしてきて「気がついた事」や「いまだに忘れられないイヤ〜な事」とか「マンガ家のメリット、デメリット」など、問題を起こさない程度に書き綴ってみようかな・・・と思っています。


posted by かとう at 09:09| Comment(2) | マンガの作り方

2009年04月25日

マンガの作り方・第9回

前回までの内容を図解にまとめてみました。

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具体的な例として、漫画街さんでWEB公開させていただいている「怪魍奇譚」第3話をとりあげて、図解で解説してみました。

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いかがでしょうか?

文章だけではどうしても分かりにくい部分があって、図解にしてみたのですが、余計に分かりにくくなっていたらゴメンなさい。

今回はここまで。
posted by かとう at 20:48| Comment(1) | マンガの作り方

2009年04月18日

マンガの作り方・第8回

前回までの「マンガの作り方」を読んでこんな事を思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

マンガを描く上で一番大切なのは「描きたい事がある事」だと言いながら、ストーリーを元にしているじゃないか・・・・・と。
桃太郎の話を例にとっているけれど、桃太郎というストーリーがあった上で、描きたい事をそれに当てはめているだけにすぎない。
結局、ストーリーが無くては何も始まらないじゃないか・・・・と。

今回はその辺りのことを書いてみたいと思います。
「描きたい事」というのは、実はかなり抽象的なものであります。
第7回で書いた「愛するものの為なら、自分を犠牲にしてでも守ろうとする生き方」も抽象的です。
これを具体的なものに変換しなくては、相手はどう受け止めて解釈していいのか分かりません。
抽象的な「伝えたい事」を具体的なものに変換するためには、どうしたらいいのか。
言い換えれば、どういうストーリーを組み立てればいいのか・・・ということになります。
しかし、抽象的なものをストーリーとして組み立てるのは至難の技です。

ストーリーを組み立てるのには、必要な要素がふたつあります。
一つは、ストーリーに登場する「キャラクター」。
もう一つは、ストーリーを構成する「出来事」です。
どちらか一つが具体的になると、ストーリーを構成する足掛かりになります。

では、どちらか一つを具体的にするにはどういう方法をとればいいのでしょう。
それが、いわゆる「アイデア」と喚ばれるものです。
「こんなキャラクターがいたら面白いだろうな」
「こんなことが起ったら面白いだろうな」
・ ・・・・・・というやつです。

ここでやっと「宝クジの話」に繋がってきます。
「マンガの作り方・第2回」のところに書きましたが、


マンガを描くということは、会話で自分をアピールするのと同様に、マンガという手段で自分をアピールする事です。
自分はこういう事を面白いと思っている・こういう事を正しいと思っている・こういうことは許せない事だ・こういうことが美しいと思う・こういうことが実現したら素晴らしい・こういう事が・・・・・・・・
きりがないので止めますが、つまり自分の価値観を表現することです。


「面白いだろうな・・・」という基準はすべて自分の価値観の中にある、ということを思い出してください。

マンガを作る時の順序としては以下のような流れになります。

1 アイデアが浮かぶ(キャラクターであったり出来事であったりします)
      ↓
2 アイデアを元にストーリーを構成してゆく
      ↓
3 描きたい事の確認
      ↓
4 再構成

実際は、1から4が同時に頭の中を飛び交いますが、流れとしてはこの順序になり、3と4を何度も繰り返すことになります。

1と2だけで、マンガを描く事は可能です。
事実そういうマンガが商業誌でも存在しているし、売れていたりもします。
「だったら、それでイイじゃん!」
ということで話は終わりますが、面白いマンガを読みたいという立場から言えば、「それでは困るじゃん!」という事になるわけです。

「描きたい事の確認」をすることで、「自分の価値観を明確に表現する」事ができるわけですから、ここは是非とも表現者としては踏ん張るところでしょう。
もちろん、「描きたいこと」をストレートに出しては野暮だし、押し付けがましく説教臭くもなるので、表現者としては、そこが腕の見せ所になります。

こう言った事を文章で書くと分かりづらく、理屈っぽくて辟易としますが、要するに「ネ!面白いでしょオレのマンガ!」というものが伝わってきて、「そのマンガは面白い!」ということになるという話です。


「マンガの作り方・第7回」に書き込んでくれた しーまさんのコメント。

>読み切り漫画を描こうとしているのに、連載漫画のキャラクターをお手本にしているから上手く行かないのかな?

まず頭に入れていただきたいのは、

●連載漫画は登場人物が多いということ。
●それぞれの登場人物の関係が複雑に絡んでいる事。
● 展開する出来事は長いストーリーを構成する一部として組み込まれている事。

これらを参考に、限られたページ数の読切りを描くのは不可能だと言う事を理解してください。
解決方法は以下の通り。

● 登場人物を極力少なくする事。
● 人間関係は、主人公との絡みに絞る事。
● 読切りのページ数で消化できる「出来事」に絞る事。
● 起承転結(あるいは序破急)を明確に構成する事。

最近のマンガは大長編連載マンガがほとんどで、参考になる優れた「読切り」マンガがなかなか見当たらない状況があるため、「読切りのツボ」を身につける機会が失われているようで、マンガ家を目指す人達にとっては不幸な時代かもしれないですね。


今回はこの辺で・・・・・。

posted by かとう at 10:07| Comment(4) | マンガの作り方

2009年04月11日

マンガの作り方・第7回

マンガを描くのに根本的に絶対に必要なもの」とは『描きたい事』を持っている事・・・・・という話に戻ります。

「世界をマンガ家が作っている」という書き方を前回したのですが、その世界の中で生きているキャラクターというのは「勝手に生まれてその世界にいる」わけではなくて、マンガ家が描きたいと思っている事を伝えるための「素材」として「その世界に配置されている」のだと言う事です。

抽象的で分かりにくいと思うので、例をあげてみます。
例えば、私は「愛するものの為なら、自分を犠牲にしてでも守ろうとする生き方」に憧れを感じ、男として最高にカッコイイと思っています。
それを、桃太郎で描くとしたらどうするか・・・・というのを具体的に展開してみたいと思います。

まず「自分を犠牲にしてでも守ろうとする」という部分ですが、主人公には凄いパワーがあって、どんな敵でも一撃で倒してしまうような男ではこの条件に合いません。
そんな強い奴は必ず勝ってしまうでしょうから『犠牲』にはなりません。
「弱い人間だけれど、それでも戦う時には戦う」という所が私にはたまらなくイイのです。
ですから、それなりに能力はあっても万能ではない必要があります。
私としてはさらに戦闘能力などほとんど無い主人公にしたい。
ポイントは「自分に残された武器は、愛するものを守りたいという心だけ」というものを明確に出したいからです。

桃太郎にとって「愛するもの」とは何か。
愛するものの一つとして、自分を育ててくれた「おじいさんとおばあさん」という要素がありますが、ただ育ててくれたというだけでは「命を掛けてまで守る」という行動に説得力がありません。
そのおじいさんとおばあさんのキャラクターは半端ではない「心の優しさ」を持って居なければなりません。

そこで、「桃から生まれた」という「人間ではない」桃太郎の出生の秘密を隠し通すために様々な苦労をし、それがばれて村びとに桃太郎がいじめられても、自らの苦労を顧みず、かばい通すという設定を作ります。
子供のできなかった老夫婦にとって、例え桃から生まれた人間では無いモノとはいえ「この子は神様が自分達に授けてくれた自分達の子。どんな困難があっても守ってやらねばならない!立派に育て上げてやらねばならない!」と信念を持っている。
老い先短い自分達の人生だが、命に替えても育て上げると誓う善良な老夫婦というキャラクターができあがります。

「桃から生まれた」という設定は、色々な要素として利用できます。
「戦闘能力などほとんど無い主人公」にしたいと先程書きましたが、せっかく桃から生まれた特殊な主人公なのですから、人間と同じではもったいないので、特殊な能力として「相手の心が分かる」といういわゆるテレパシーが使えるという設定にします。
(そのため、言葉をほとんど発する事も無く、村の子供達からはバカにされているという設定にも使えます)

その能力によって、桃太郎は動物と話ができるという展開が可能になります。
「桃から生まれたオバケだ」と村の子供達からいじめられる桃太郎の唯一の友達は、野生の大猿や飼い犬のポチだったという状況が作れます。

鬼退治に向かう桃太郎のお供になるサルとイヌとキジですが、お話ではキビダンゴをもらうことでお供することになっています。
マンガで魅せるには、これだけでは全く説得力がありません。
従って、それら動物にもキャラクターとしてのしっかりした設定が必要になります。

サルの設定
サルは野生の乱暴ものの大猿で、猿仲間からは嫌われ村びとからも恐れられている一匹狼的なサルだが、小さい頃から「大きなサル」だと言う事で奇異の目で見られサルの群れからは仲間はずれにされていたため、心がひねくれてしまった。
心の読める桃太郎だけがサルの寂しさを理解し、サルも自分と同じ境遇の桃太郎を理解し親友になった。

イヌの設定
おじいさん、おばあさんに長い間飼われている老犬。
おじいさんとおばあさんに恩を感じ、二人が愛する桃太郎を守る事が恩を返すことだと信じている。

キジの設定
罠にかかって死にかけているところを桃太郎に助けられた。
桃太郎の心の優しさに涙を流し、必ずこの恩はお返しするからという気持ちを持っている。

というように、「愛するものを守るために戦う」という状況をそれぞれのキャラクターたちにも当てはめながらストーリーの中に配置していきます。

「愛するもの」とは、桃太郎にとって何なのか、「おじいさん・おばあさん」は要素の一つですが、桃太郎は最終的には「村を守るため」に無謀な戦いに自らを向かわせます。

自分を「バケモノ」としか見ていなかった村の住人達に対しても、桃太郎は「愛するもの」として受け入れる・・・・・そのエピソードを、どうしたら説得力のある展開として設定できるのか・・・?

このようにして、それぞれのキャラクターの役割や状況を当てはめていき、自分が描きたい事を的確に伝えられる構成になっているか吟味しながら構築していくわけです。

以上は、描きたい事を「愛するものの為なら、自分を犠牲にしてでも守ろうとする男のカッコよさ」を元に例とし構成してみたのですが、「戦いに勝ち抜く事のカッコよさ」を描きたいと思ったら、当然のことながらそれぞれのキャラクターや状況がガラリと変ってきます。

簡単に例を挙げてみますと、桃から生まれた「人間ではない」自分が生きていくためには、強くなる事が必要だと悟る桃太郎・・・・というキャラクターを設定する事になるでしょうし、おじいさんやおばあさんは優しいというよりは、「強くなれ!」と励ますキャラクターになるでしょう。

サルやイヌやキジも、仲間と言うよりは、「西遊記」に出て来るような妖怪のように桃太郎の目の前に現れる強敵として設定するのも面白いかもしれません。
桃太郎に破れ、仲間になるという展開は(よくあるパターンではありますが)王道パターンです。
誰もが恐れる最強の妖怪『鬼』を倒すために、桃太郎の戦いの成長を見せるストーリーとして構成する事もできるわけです。

当然の事ながら、桃から生まれたということで、常人には無い様々な超能力を発揮する設定も考えられるし、桃を食べることでパワーが倍増するというアイデアも使えそうです。

きりが無いのでこの辺で止めますが、『描きたい事』によって同じ桃太郎でも主人公や登場人物すべてのキャラクターが全く別の物になってきます。

いかがでしょう?
登場人物達はすべて『描きたい事』を的確に表現するための素材として配置されると言う事が理解していただけたのではないかと思います。

逆に言うと「描きたい事」がしっかり定まっていないと、マンガに登場するキャラクターたちは「何をするためにマンガの中で生きているのか」分からなくなり、そもそも存在自体に意味が無くなるわけです。

「描きたい事」がキャラクターや世界を作りあげていくという意味がお分かりいただけたでしょうか。

余談ですが、「マンガが長く続くと『キャラクターたちが勝手に動き出す』
」という言い方がよくされます。
勝手に動き出すと言うのは単なる言葉のあやで、実はこういうことです。
長い連載のうちに「描きたい事」はある程度描き尽くしてしまい、新たな「描きたい事」を模索していると、当初設定してしたキャラクターの行動基準に合致しなくなるという状況が起ります。
新たな「描きたい事」を見せたいが為に、いきなりキャラクターをそれに合わせて変えるわけにはいきません。
当然ながら、キャラクター達の当初の行動パターンを重視しなければならないわけです。
で結局どうするのかといえば、そのマンガの中で存在感を持ってしまったキャラクターの行動基準に、「新たに描きたい事」を少しづつ小出にしていく事態になるわけです。
それを言葉で表現すると『キャラクターたちが勝手に動き出す』と言う事になるわけです。


以下に、「愛するものの為なら、自分を犠牲にしてでも守ろうとするのは最高にカッコいい!」ということを描きたい桃太郎の一シーンのネームを描いてみました。
サルが桃太郎のお供になるシーンです。

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posted by かとう at 10:23| Comment(4) | マンガの作り方

2009年04月04日

マンガの作り方・第6回

前回、マンガでは「画面から何が伝わってくるか」というのがポイントだと書きました。
具体的にはどういうことなのか。
一場面を想定してみます。

桃太郎が鬼退治を決意する理由を考えてみましょう。
桃太郎の話の中では、近隣の村が鬼に襲われていることをカラスから聞いた桃太郎が鬼退治を決意したことになっています。
困っている村人達を助けるために・・・というニュアンスを印象付けています。
昔話で子供に聞かせるためのものなので、良い子である必要もあったのでしょう。

「困っている村人達の事を聞いた正義感の強い桃太郎は、鬼退治をしようと心に決めました」

という文章だけで、読み手は不思議なことにナントナク納得できてしまいます。

「困っている村人達」「正義感」という抽象的な言葉と、「鬼」という「恐怖」「悪」を象徴する言葉の組み合わせで、村人達が「恐怖に怯える」「泣叫ぶ」「苦しんでいる」様々なシーンを勝手に連想し、また「正義感」からは「強い」「正しい」「勇気」と言った様々なヒーロー像をイメージするので、頭の中で自分なりに納得できるシーンを作ってしまうため、桃太郎の心情は何も分からないにもかかわらず、「鬼退治を決意する理由」も納得してしまうのです。

以上の様に、言葉では簡単に(不十分ではありますが)納得させることができるシーンですが、マンガでそれを表現するとなると、途端にどうしていいか戸惑う事になります。

どういうこと?とフシギに思われる人もいるでしょう。
「桃太郎が鬼退治を決意する」ひとコマを考えてみてください。
さあ、桃太郎はその時「どんな表情」をしているのでしょう?

顔というのは、心の状態を映し出します。
「鬼を退治してやる」と言い放つ時の桃太郎は、笑っているのでしょうか。
それとも、怒っているのでしょうか、あるいは怯えているのでしょうか。

「鬼を退治してやる」という桃太郎の顔を描くには、桃太郎と村人達との関係や鬼に対する桃太郎の気持ちや、そもそも桃太郎は鬼と戦う事ができる力があるのか・・・・・といった、様々な情報が必要になってきます。

マンガと言うのは、抽象的な言葉で組み立てられる話の世界と違って、絵としてすべてが具体的に組み立てられている世界ですので、具体的な絵を描くためには具体的な情報がないと描けないのです。

話はちょっと脇にそれますが、
文章でいくら詳細にキャラクターを説明しても、頭の中ではイメージとして抽象的に組み立てられた姿にしかなりません。
小説が映画などで実写化された時、違和感を感じると思いますが、読者の数だけ登場人物は存在するわけですから、イメージには近いけれど「そのものズバリ」の実写化というのはあり得ないのです。
ところが、マンガの場合は誰が見てもそのキャラクターはそれ以外ではありません。
「そんなことはない。マンガを実写化する時だって違和感はある」と言われる人もいるかもしれませんが、そもそもオリジナルのマンガのイメージは読者すべてが同じキャラクターを想定しているわけです。
つまり、イメージのキャラクターなど元々存在せず、具体的なキャラクターしか存在し得ないわけです。

話を元に戻します。
具体的な世界で具体的なキャラクターが動くためには、行動や心理も具体的である必要があります。
先程の「桃太郎の決意の時の顔」も、どういう心理状態であったのかが分からない事には表情が描けないということになります。

そういった事を考えてみると、実は桃太郎の話には「世界感」や「心理状態」といったモノがほとんどないことに気がつきます。

というわけで、ここでやっと第5回の中に書いた「マンガはキャラクターだ」という話に繋がっていきます。
桃太郎というキャラクターは、「桃太郎というお話」の中でどういう生き方をしている人物なのかを組み立てる必要があります。
桃から生まれた「人間ではない人間」が「鬼退治をすることになる」その必然性を見つけだすことが、桃太郎の「キャラクターを確立させる」事になります。
その必然性が、納得できるものだと誰もが思える時、桃太郎はマンガの中で「生命」を持つわけです。

もちろん、桃太郎だけではありません。
お話の中に登場するすべてのキャラクターはそのマンガの中で生きているのですから、それぞれに生きている目的や考え方を持っています。
それは、現実の世界で周りにいる人達がそれぞれの目的や考え方を持って生きているのと全く同じです。
それらすべてのキャラクターが、それぞれの必然性をもって動き回っていく必要があるのです。

唯一「マンガが現実と違う」のは、その世界を「マンガ家が作っている」ということです。

話がドンドンずれているような気がしますが、なんとか第1回で提示した

「マンガを描くのに根本的に絶対に必要なもの」とは『描きたい事』を持っている事

という話に繋がっていけそうです。

その話は次回に。
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生活するための日銭を稼ぐ毎日ですが、今週は特に忙しく、時間が十分に取れませんでした。
ちょっと短かめになってしまいました、スイマセン。

posted by かとう at 20:33| Comment(5) | マンガの作り方

2009年03月28日

マンガの作り方・第5回

伝えたい事は頭に存在するのに、それをどう簡潔に文章に現わしたら良いのかに四苦八苦する一週間があっという間に過ぎてしまいました(冷汗)。
ということで、5回目です。
今回は視点をちょっと変えます。

よく「マンガはキャラクターだ」といいます。
「今まで誰も見た事がないような魅力的なキャラクター」を作り出せば、マンガは面白くなるといいます
・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、本当にそうでしょうか?
そもそも「今まで誰も見た事がないような魅力的なキャラクター」など創りだせるのでしょうか?

「今まで誰も見た事がない」ものなど、生み出せるとは思えません。
無から有が生まれるはずがないからです。
かりに生まれたとしても、「今まで誰も見た事がない」ものなど受け入れられるわけがありません。

日常生活での場面を想定してみてください。
見た事も聞いた事もないモノが目の前にあったとします。
人に聞いてもそれが何なのか誰にも分かりません。
安全なものなのか危険なものなのかさえ分かりません。
形も色も硬さも大きさも全く見た事のナイものです。
生き物なのか鉱物なのか、固体か液体なのかさえも分からない。

あなたはそれを手にとって喜んで受け入れる事ができますか?

中には好奇心のあるヤツがいるはずだから、手を出す奴がいるもはずだと考える人もいるかもしれませんが、「生き物のようだ」とか「石のようだけど・・」とか「液体にみえるけど・・・」とか何らかの前提があってこそ好奇心は生まれるのであり、「判断の基準の無いもの」は「手を出す」という行動さえも生み出さないものです。

つまり「今まで誰も見た事がないような魅力的なキャラクター」とは単なる言葉のアヤであり、実体は「今まで存在したあるキャラクター」に「別のあるキャラクターの要素」を足したり引いたり、掛けたり割ったりしてできたキャラクターでしかないのです。
「今まで誰も見た事がない」のではなく、実は「どこかでみたことがあるけれど、とても新鮮」という事なのです。
マンガのキャラクターを思い浮かべてください。
大人気になったどんなキャラクターにも、ルーツになる元のキャラクターは必ず存在しているはずなのです。

では、「どこかでみたことがあるけれど、とても新鮮」というキャラクターを作るための加減乗除の方法はどのような判断によっておこなわれるのかというと、「これは面白いキャラクターだ」と考えた本人が感じるしかありません。
自分の中の「面白さの基準」を元に、「こうすればもっと面白くなる」「ここはこうじゃない方がいい」と組み立てていくしかないのです。

さて、自分なりに「どこかでみたことがあるけれど、とても新鮮」というキャラクターが作れたとします。
そのキャラクターが動き回れば、面白いマンガが作れるでしょうか?

具体的な例をあげてみます。
誰でも知っている昔話の「桃太郎」というキャラクターがいます。
「桃から生まれた少年」という魅力的なキャラクターですが、この桃太郎が鬼退治をするでもなく、猿・犬・キジをお供にするのでもなく、普通の村人として平凡な日常生活をしているストーリーだったとしたら、桃太郎という話は面白いものになっていたでしょうか。
そもそも、村びとの日常生活のストーリーだとしたら「桃から生まれる」というキャラ設定の必要など全くなくなります。

桃から生まれた人間ではない生き物という設定にしたからこそ、猿や犬やキジと会話ができ、特殊なパワーをもっているからこそ鬼とも闘う事ができ、勇敢な少年の鬼退治という子供が喜ぶ話に発展できるわけです。

つまり、キャラクターが作れても、そのキャラクターを生かす物語がなければ面白いマンガにはならない・・・と言う事が分かります。
逆な言い方をすると、魅力的なキャラクターを作れば、そのキャラクターを生かすための物語は必然的に浮かび上がって来るということになります。
これが一般的に言われている「マンガはキャラクターだ」という意味だと私は判断しています。

さて、「魅力的なキャラクター」と、「そのキャラクターを活かした物語」が用意できました・・・・・一見これで「面白いマンガ」が出来上がるように思えますが、一つ大切なものが抜けているのです。
それは何かという話はひとまず置いておき、桃太郎の話をもう少し続けます。

桃太郎の話を知らない人はいないと思うのですが、念のため簡単なストーリーを書きます。

----------------------------------------
昔むかし
ある所におじいさんとおばあさんが住んで居た。
いつもの様に、おじいさんは山へ芝刈りに
おばあさんは川に洗濯に出かけた。

おばあさんが川で洗濯をしていると
川上から大きな桃が流れてきた。
大きな桃を家に持って帰り
おじいさんとその桃を食べようとすると
桃の中から赤ん坊が出てきた。

子供のいなかった二人は、その子を育てる事にした。
すくすくと成長した桃太郎は
ある日、近くの村を襲う鬼たちの噂を聞いた。

犬、猿、キジをお供に鬼が島へ向かった桃太郎は
鬼達を征伐し、金銀財宝を持ち帰った。
おじいさんとおばあさんは大喜びをした。
-----------------------------------------

桃から子供が生まれるという「驚きの発端」から、人間離れした成長を遂げる桃太郎の不思議なキャラクターに魅了され、三匹の動物を家来に従えて鬼ガ島に乗り込んでいく桃太郎のスーパーヒーローぶりは、ストーリーとしてはとてもよくできた面白いものです。

ここで考えてみましょう。
ストーリーとはどういうものなのか?

大ざっぱな言い方をすると、出来事を時系列に沿って並べたものです。

つまり
----------------------
桃から桃太郎が生まれる

スクスク育つ

近くの村を襲う鬼たちの噂を
桃太郎が聞く

犬・猿・キジをお供に
鬼が島へ向かう

鬼を征伐

お宝を持ち帰る
----------------------

もちろん、それぞれのパートでは詳細にエピソードは膨らみます。
たとえば、犬・猿・キジをお供にするシーンは、腰につけたキビダンゴをあげて家来にする交渉をするとか、鬼ガ島での戦いで、それぞれの得意な戦法で鬼をやっつけるとか・・です。

では、これをマンガにしたら面白いものになるのでしょうか?
物語が面白いのだからマンガにしても面白いはずだと思われがちですが、おそらくこのままでは面白いものにはならないはずです。
「そんな事はないだろう、桃太郎の話は昔から語り継がれ、面白がられたからこそ今でも残っているのだから、マンガにして面白く無くなったとしたら、それは描いたマンガ家の腕が悪いのだ・・・」と思われる人もいるでしょう。
が、そういう次元の話ではなく「昔話としての桃太郎」と「マンガとしての桃太郎」には決定的に違うものがある、ということを先ず確認してほしいのです。

それは「言葉でイメージを呼び起こす話」と「ビジュアル+ストーリーで具体的に見せるマンガ」の差です。
話の中に、頭の中でどれだけ想像力でイメージを浮かべさせることができる言葉が含まれているかで、耳で聞く物語の面白さは決まります。
ところが、マンガではイメージがビジュアルとして目から入って来るので、面白さの基準は「想像力を刺激する話としての面白さ」ではなく、「画面から何が伝わってくるか」にポイントが移ります。

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ということで、今週はここまで・・・・。

どういう順序で何をどうまとめて良いのか分からないまま書いているので、読んでいて混乱される方もいると思いますが勘弁してください。
私もかなり混乱してます。
「こんなことが言いたいのかも」と推測も交えつつ、興味をもって読み続けていただけたらと幸いです。
では、また次週に。


posted by かとう at 08:49| Comment(2) | マンガの作り方

2009年03月21日

マンガの作り方・第4回

「どの部分が『自分の心の琴線』に触れたのかを確認する事が必要だということは、つまり自分を知る事なのだ」というような事を前回書きました。
なぜ自分を知る必要があるのか・・・・と言う事について今回は書きます。

結論から言えば、「自分を知れば、自分が何を描きたいのかが分かるから」です。
また「宝クジ」の話を例にしますが、自分は「必ず夢は叶うものだ」という部分に心が動かされたとしたら、一体それの何処に心を動かされたのかを考えるということです。

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宝くじを当てて一生遊んで暮らしたいと夢見た人がいて、
稼いだ金はすべて宝くじに注ぎ込んだ。
だが何年買い続けても一向に当たらない。
それでもその人は買い続けた。
貯金もせず、ひたすら買い続けた。
宝くじに当たる事がまるで人生の目的のようになっていた。
結婚もせず、いつしか会社も定年を迎えた。
貯金もなく、家族もなく、独りぽっちだった。
ところが、最後に買った宝くじがついに2億円を当てた。
男は喜んだが、宝くじに注ぎ込んだお金を換算したら
ほぼ2億円だった。
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この話だけでは、主人公がどういう生き方をし、どういう考え方をした人なのか何も示されていません。
どういう心境で宝クジを買い続けたのかも分かりません。
「必ず夢は叶うものだ」という部分に心が動かされた人は、一体どういう主人公を想像して心を動かしているのでしょうか。

こんな人だから心を動かされた・・・という例を2タイプ程想像してみます。

タイプ1--------------------------------------
幼い頃から家が貧しく、欲しいものも我慢してきた。
根は真面目で誠実で努力家だが、地味な性格で華がない。
だから、女性にモテたという経験もない。
社会に出たが、仕事もキツく収入も少ないツマラナイ毎日。
お金に困らずナニ不自由なく楽しそうに生活している人達を
見る度に自分の人生がみじめに見えて来る。
そんな人が見つけた唯一の人生の逆転の目標が宝クジだった。

タイプ2--------------------------------------
生まれた時からいい加減な生き方をしてきた。
楽をして生きていくのがカッコイイ生き方だと思っていた。
今までそれで生きてきた。
これからもそうやって生きていきたい。
宝クジが手っ取り早いと手を出してみたものの当たらない。
そんないい加減な生き方を、周りはあざ笑った。
楽して生きていくという自分のポリシーを貫くため、いつしか
宝くじを買うために必死に働くようになっていた。
バカにされ、蔑まれ、どうしようもない奴と言われる。
後には引けない男としてのプライド。
宝クジは、彼にとっては人生そのものになっていた。
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タイプ1もタイプ2も、ほとんど多くの人の潜在意識の中にあるものだと思いますが、自分の境遇に「より近い人物像」を想像しているはずです。
そして、それを自分と重ね合わせて感情移入し、タイプ1の人は「努力が報われた事に心を動かされた」という事になります。
タイプ2の人は「プライドを最後まで貫き通し、それを守りきったことに心を動かされた」ということになります。

この他にもタイプ3、タイプ4・・・と、人によって想像する人物像は存在するわけですが、ここで大切な事は、「必ず夢は叶う」という「出来事」に心を動かされるのではなく、実は「どういう人に」が心が動くポイントだと言う事です。
自分が感情移入の出来ない人物(たとえば自己中心者、同情の余地の無い凶悪犯罪者など)の夢が叶った話では、おそらく心は動かないはずです。

ブツギリ状態のまま次回に続きます
posted by かとう at 11:52| Comment(0) | マンガの作り方

2009年03月14日

マンガの作り方・第3回

それでは、マンガで「自分の感動」を伝えるという事について考えてみます。

マンガのジャンルによって「伝え方」は異なります。

言葉で伝えるのと同様に、マンガでその事をストレートに絵と文字でコマで表現するマンガがあります。
いわゆるエッセイマンガとよばれるジャンルです。
「ストレートに絵と文字でコマで表現」といっても、どう見せるかどう伝えるかはマンガ家さんの個性で変ってきますが、ほぼネタが命というマンガです。

次に、ストーリー仕立てにはなっているものの、ネタをメインに見せる実録マンガというジャンルがあります。
演出されているとは言え、伝えたい事は「ネタ」そのものです。
もちろん、その実録物語を通して訴えるものは潜在的に存在しますが、やはりメインになるものは「感動すべき事実(ということになっているもの)」を伝える事です。

そして、いわゆるストーリーマンガとよばれるジャンルがあります。
ストーリーマンガは、「自分の感動」をそのままの形で出すのではなくメッセージとして内包し、ストーリーを通して読み手を楽しませるという形をとります。

この「マンガの作り方」では、ストーリーマンガについて話をすすめていきます。

基本的にストーリーマンガは、フィクションとして物語を作り出し、キャラクターを動かしてそのストーリーを読者に伝えます。
つまり、ストーリーマンガを描くために必要な材料は、キャラクターとストーリーということになるわけです。
ストーリーマンガを面白くするためには、面白いキャラクターとストーリーを用意する必要があります。
言うのは簡単ですが、実は問題があります。
そもそも、『面白い』とは何なのか・・・。
いいかえると、「読者の心を動かすモノ」とはどういうモノなのか・・・ということです。

どこにでもいそうなキャラクターが動いて、どうでもよい物語を展開しても、読み手は退屈なだけです。
そもそも最後まで読んでもくれないでしょう。
読み手の心を動かす「キャラクター」や読み手の心を動かす「ストーリー」を生み出すことが大事なわけですが、
どうしたら生み出せるのか?

キャラクターを考える時のキーワードは、おそらく「こんなキャラクターがいたら面白いだろうな・・・・」です。
しかし、「こんなキャラクターがいたら面白い」と思えるキャラクターを考えるって、漠然としすぎていて何をどう考えていいか分からないですよね。
当然のことながら、範囲を絞っていくことになります。
たとえば、自分が描きたいと思っているマンガのジャンルを想定して、「格闘マンガのキャラクターでこんな奴がいたら面白い」とか、「学園コメディのキャラクターでこんな主人公がいたら楽しそう」・・・といった具合です。

しかし、いくらジャンルを絞って考えても、何もない所からは何も出て来るはずがありません。
で、どうするかというと、過去の「自分の体験」や「映画や小説から得た疑似体験」「テレビ番組」などから様々なデータを取り出し、参考にする事になります。

しかし、「面白さの基準」がないと、どんなデータを組み合わせ参照したりして考えても、それが面白いのかどうなのかの判断ができません。
そこで、自分の中に「何かしらの基準」を設定する必要が出てくるわけですが、実は「自分が面白いと思った(感動した)事」という基準しか選択肢がないことに気がつきます。
過去に出会ったある人の行動や生き方に感動したとか、昔見た映画の主人公には心を揺さぶられたとか、テレビで見たあの番組に出ていた人が面白かった・・・などというようなことです。

ただし、それをそのままキャラクターにするわけにはいきません。
なぜなら、モデルのキャラクターに引きずられてストーリーが身動きできなくなる可能性があるからです。
要するに、実話ストーリーとか単なる映画のコミカライズとか、テレビのその人の紹介でしかなくなるからです。

大切なのは、その人や映画の主人公やテレビに出た人の「何処に心を揺さぶられたか」ということです。
「宝くじの話」でいえば、話に中のどのポイントに心を動かされたかということです。
心を動かされるということは、自分の中の価値観と「共通するもの」であると言う事であり、それは自分を表現すると言う事に繋がっていきます。
過去のデータから、自分が心を動かされたキャラクターやストーリーをピックアップした時、それらのどの部分が「自分の心の琴線」に触れたのかをまず最初に確認することが必要だということです
(これはキャラクターだけではなく、ストーリーについても同じ事が言えます)

なぜこんな話から始めるのかというと、「自分の事」って、自分が思っているほど実は「分っていない」のではないかと思うからです。
「心を動かされたポイント」を突き詰めて確認することまで、普通はしません。
雰囲気で「ナンカいいよネ」程度の分析で、全部を表面的に受け止めてしまうモノなのではないかという気がするのです。

少なくとも私自身がそうでした。
そんな私でしたから、マンガを描き始めた頃(デビュー前&デビュー後も時々)は好きなマンガの主人公の二番煎じみたいなキャラクターで、どこかで見たようなストーリーのマンガを描く事が多かったのです。
要するに雰囲気だけで描いちゃうマンガです。
当然の事ですが、そんなマンガはボツになります。

尻切れとんぼ状態ですみません。
次回に続きます。

posted by かとう at 08:51| Comment(0) | マンガの作り方