2016年09月02日

私の持ち込み体験


投稿を続け、賞に選ばれても一向に道が開けない時期でした。
持ち込みをしてみようと決意したのは26歳頃だったと思います。

投稿先はメジャー誌ばかりでしたが、持ち込み先はマイナー誌に絞りました。
(当時投稿していたメジャー誌というのは、少年マガジン、サンデー、キング(廃刊)、ジャンプ)

私が持ち込み先と決めたのは、読者をマンガマニアに絞った「マンガ少年」という月刊誌。
アポイントなしで直接編集部を訪ねました(今考えれば随分ムチャな行動です)。

銀座にあった朝日ソノラマという出版社。
受付で「マンガを見てもらいたいので、マンガ少年の編集長に会いたい」と伝えました。
追い込まれた人間は、平気でスゴイ事が出来てしまうのだなぁと思います。

初持ち込みの作品が預かりになり、数ヶ月後に雑誌初掲載となりました。

入稿が終わった暇な時期で、タイミング良く編集長がそこにいた。
編集長が部下任せにしないマンガ好きな人であった
…という運に恵まれた。

結局、人生で大切なものは「行動力と運」なのだと思うのです。


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2016年08月15日

セリフが主体になっているマンガ



私が小学6年生の頃のこと。
購読していたマンガ月刊誌に、子供向けの「マンガ教室」的な企画の記事があって、そこにこんな事が書かれていました。

「セリフを読んだだけで、何が描かれているのか分かってしまうマンガを描いてはいけない。」


子供ながらに「(・Д・)…  な、なるほどな〜!」と納得して以来、その言葉が刷り込まれており、自分の中ではマンガを描く時の「要注意基準」の一つになっています。

仕事柄、プロ未満の方の描いたストーリーマンガを見る機会が多いのですが、セリフに頼ったストーリー展開の傾向の作品が多いのが気になります。

セリフで状況を説明し、感情を説明し、内容を説明していくのです。
セリフの入っていないコマなどほとんど見当たらない…といったコマ展開になっています。

絵でどう表現したらいいのかが難しいのかもしれませんが、絵で表現してこそマンガの面白さが伝えられます。
絵で伝えられる部分は思い切ってセリフを省いてみる…といった表現は、マンガとしての面白さを伝える意味で大切だと思います。


posted by かとう at 04:27| Comment(0) | マンガの作り方

2016年08月03日

専門学校で講師をしていて、不思議だと思った事。



その1
提出されたネームの「分かりづらい箇所」をチェックし、修正をしてネームをレベルアップするという授業で、修正せず全く別の新作ネームを提出してくる学生の存在。

その2
ノド側のコマをタチキリのコマとして描く子がいて、「その部分は隠れてしまうので,タチキリのコマとして描かない方がいい。時間のムダにもなるし。」と何度もアドバイスしても「分かっている」と言って描き続けていた。

その3
ネームのチェックの際、「ここは分かりにくいからこうしたら?」とアドバイスをする。
女性は意図を理解して忠実に修正し、男性は自分なりに解釈をしてアドバイスと違った方向に修正するという傾向がある。

その4
学業や仕事のかたわら、時間があればマンガを描く作業にあてていた…というのが、独学でマンガを学んで来た私の感覚。
「家ではマンガを描かない」だから当然「土日&祭日は描かない」…という学生がいたが、かなり不思議だった。

posted by かとう at 18:15| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年07月25日

表情と仕草の重要性



学生が描くストーリーマンガのキャラクター達は、表情と演技に乏しいものが多いです。

表情の描き分けが曖昧なので、描かれた絵からキャラクターの心情が伝わってこない。
仕草が棒立ちで、演技に乏しいので感情が伝わってこない。

「どんな感情なのか」は「どういう表情をしているか」を見て判断するわけですから、適切な表情の演技が出来ないと、感情表現はできない事になります。

表情だけで心情を伝えることには限度があります。
それを補足するのが身体の動きです。
身体で演技をさせるということです。

ただ立っているだけで、演技をしていないキャラクターを学生は描きがちです。

「怒っているらしい」ということは伝わっても、どういう怒り方をしているのかが伝わらない。
驚いているようだけれど、どういう驚きなのかが絵を見ただけでは伝わらない。
笑っているようにも見えるけど、そうではないようにも見える。
でもセリフの言い回しからすると、喜んでいる絵のはずだ・・・・???・・・・という体験がよくあります。

プロのマンガ家の先生の作品を見てみれば分かりますが、基本的に登場人物は皆表情が豊かでしっかりと演技をしています。

画力が必要だという事はもちろんですが、キャラクターを動かすには「役者としての演技力」の才能も必要な気がします。



posted by かとう at 07:53| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2016年07月18日

行動力の話



体験入学の参加者で「入りたいのだけれど、自分にマンガが描けるか絵が上手になるだろうかと不安です」と訴えてきた人がいました。
マンガを描いた事がない自分が、専門学校に入ってやっていけるのだろうか?という心配を抱えているのです。

「描かないで頭で妄想するだけ」だから不安になる。
まず描いてみてどこが描けないのか分かれば、それはもう不安ではなく「どう描いたらいいのか」という目標になります。

ただし、「どう描いたらいいのか」という目標ができたからといって、何もしなければいつまでも描けるようにはなりません。
人によって描けるようになるまでの時間に差は出てきますが、行動によって必ず結果は出てくるものです。

結果が必ずしも希望通りになるとは限りません。
しかし、結果が出るからこそ次のステップに進めます。
不安がって躊躇し続けるのは、大切な時間を無駄に使っている事と同じだと気付きましょう。

行動をする事がとても大事だと思うのです。



posted by かとう at 05:28| Comment(0) | つれづれなるままに

2016年07月11日

持ち込みの話



編集部によって求めているものに違いがあるので、マンガを持ち込む際には「一社ではなく数社を回れ」といわれます。
分かってはいても精神的にかなりの負担になるので、なかなか実践は難しいものです。

先日、専門学校の一人の学生が持ち込みを決行しました。
19歳の女の子にはめずらしく、青年誌を希望している子でした。
わずかな時間で追い返され、玉砕して帰ってきたようです。

その作品は学校の課題とは別に描き上げたもので、私も見せてもらっており大変面白い作品だっただけに残念でした。
ただ、気になったのは持ち込み先。
この内容なら某編集部向きだと思ったので、そちらに持ち込むように伝えました。
早々にアポイントを取らせ再度持ち込みをした所、じっくり話をしてもらった末に担当付きになり、作品は預かりになったようです。

こういうことってよくある事のようです。
編集部の意向や担当さんとの巡り合いという運もあるのだろうと思うのですが、別の編集部に持ち込む事で、彼女の運命が変わったわけです。
もちろん「プロになるためのスタートラインに立っただけ」ですから,これからが大変なのは言うまでもありませんが。

だからと言って、何社にも持ち込みをすれば「必ずなんとかなる」というわけでもありません。
持ち込む作品自体がある一定のレベルをクリアしていない事には、どこへ行っても無駄に終わります。
「度胸をつける練習」という意味では成果はあるかもしれませんが、一定のレベルの作品を描ける力を身につける事が先決だと思います。

以前お世話になっていた地方の某専門学校では、年に一度バスを借り切って「持ち込みツアー」というイベントをしていました。
学校の課題で描いた作品を、みんなで揃って編集部に持ち込みに行こうという行事です。
当日になっても描き上げられず、バスの中でも作業していた猛者もいたようですが、当然やっつけ仕事になります。
そんな作品のレベルは、推して知るべしです。
そんな作品を見せられる編集者も気の毒です。

持ち込みをする事が「プロになるためのスタートライン」と思っている人がいるかも知れません。
持ち込みする事は誰でも出来ます。
持ち込みをして「評価され担当がついて初めてスタートライン」に立つ事になります。


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2016年07月04日

伝わりにくい表現



プロ未満の人が描く「伝わりにくいストーリーマンガ表現」のトップ3。

◎背景が描かれていないので、どこにいるのかが分からないコマ展開。

◎複数の人物が登場するのに、1コマに1人しか描かれないので、位置関係・状況が分からないコマ展開。

◎バストアップの絵が多く、ロングショットで動きが描かれていないので、何をしているのか分からないコマ展開。

推測できるこれらの主な原因は「絵(背景・動作)が描けない」という画力不足。
セリフだけで誤魔化そうとするから曖昧なコマになり、それが連続して更に分からないコマ展開になっていく。

ストーリーマンガを描く場合、ある程度の画力は必要不可欠です。
「ストーリーマンガが上手く描けない」というマンガ描き初心者の大きな原因はここにあるのだろうと思います。
posted by かとう at 05:01| Comment(0) | マンガについて考える

2016年06月27日

画力は最大の武器



お世話になっている専門学校で行われた、先日の体験入学の時の話。

参加者された高校3年生の少女マンガ家志望の女の子。
作品を持参されたので拝見しました。
出版社に投稿して、戻ってきた原稿だとのこと。
その作品は投稿作品14作目とか。

見てビックリしました。
画力はもうプロ並み。
聞くと、小学5年の頃から「投稿」を始めたとの事。
現在高校3年生ですから、約7年間に渡ってマンガを描き続け、投稿し続けてきたことになります。

小学校の頃に、いたずら描き程度の絵を描き始める人はたくさんいると思いますが、「投稿」まで出来る人は滅多にいません。

好き勝手に絵を描くのとはちがって、「コマの中に必要とされる絵」を否応なしに描き分けなくてはならないのですから、絵がレベルアップするのは当然といえば当然です。

ただし、ストーリーマンガとしては展開が分かりづらく、何を見せたいのか伝わりにくい構成になっていて読みにくかったのが実に惜しい。
いわゆる「マンガ表現」と「ストーリー構成・演出」ができていなのです。

KFSの私のマンガ講座に参加された「2人」を思い出しました。
共に画力はプロ並ですが、マンガとしての構成・表現が劣るため、ストーリーマンガとして成立していない作品を描いていたのです。

半年間の講座を通してプロット・ネーム制作を実践し、マンガ表現の約束事やストーリー構成のコツを身につけていただきました。
しばらくして、2人共デビューされました。

プロ並みの画力を持っているのに,デビューにこぎつけないのはもったいない話です。
体験入学に参加されたその子が入学してくれたら、在学デビューも可能かも…と思いました。

「画力が優れている」というのは、デビューする一歩手前に居る事と同じです。
何と言っても「画力は武器」なのだと思います。

posted by かとう at 06:52| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年06月19日

マンガに影響される



マンガが全てだった20代の頃の私は、ほとんどのマンガ雑誌に目を通し、ほとんどのマンガ家の先生がどんなマンガ(エロ漫画は範囲外)を描いているか把握していました。

だから、好きなマンガ家の先生の作品や異色で興味を引きつけられるマンガ家の先生の作品にはすぐに影響されていたのでした。
毎日のようにマンガに接していると、誰かの影響を受けて、出来上がる自分の作品はどこかしら誰かの「亜流」になっていたように思います。

元々自分は影響されやすい体質なので、仕方がないといえば仕方がないのです。
自分のオリジナルを描くには「マンガを 見ない事が必要だ」と理解出来たのですが、マンガが大好きだから、そんなことは無理な話だったわけです。

マンガを読まなくなったのは、結婚し子供が出来て、「マンガを描く事」をリタイヤした頃からです。
とにかくスパッと読まなくなったのです。

40歳の時(マンガを読まなくなって10年近く)に、マンガと永遠の決別をするつもりで記念に描いた作品が、コロコロで藤子賞佳作に選ばれました。
市販のマンガに影響されない、オリジナリティーを持った作品だったからかもしれません。

またマンガを描き出す事になってしまうのですが、以前と違って「マンガを読む」意欲はほとんど消えていました。

運よく連載を持たせてもらい、10年以上コロコロマンガ家として活動する事が出来たのですが、マンガを読む習慣は消えていました。
描く側になったという事情も影響しているかもしれません。

他の先生の作品に憧れ、影響されて、「こういうマンガが描きたい」という欲求が完全に消えました。
市販のヒット作に影響されない環境になったことで、「自分だけが描ける作品」に向き合うことが出来たのは、私にとっては幸いだったと思います。

ただ困ったのは、「人気が出ないと打ち切られる」ので、「コロコロで人気のある作品」を意識せざるを得ないという、別の影響が出て来ました。

影響されるというのは、私にとっては鬼門です。

posted by かとう at 17:10| Comment(0) | myマンガ道

2016年06月07日

「読み切り」のストーリーマンガの主人公


特殊な能力を持った主人公というのは、ストーリーマンガの定番です。
特に少年マンガにおいては、ほとんどの作品が該当するのではないでしょうか。

プロ未満方達の描く「読み切り」(少年マンガ)作品を見ると、当然の事ながらその手のストーリーマンガが 目立ちます。

そんな作品群を見ていて気になるのが、主人公が「水戸黄門」になってしまっている展開が案外多いこと。。
どういうことかと言うと、「助けてもらう人」中心でストーリーが展開し、主人公は最後に活躍するだけという構成。

連載作品で「第〇〇話」であるなら、すでに主人公のキャラクターは立っているわけですから、主人公に助けてもらうキャラクター中心のストーリーでも成立します。

しかし「読み切り」となると、主人公の物語を描かない事には「キャラクターとしての主人公の魅力」が伝わりません。
大原則として、「主人公を中心としたストーリー構成」が必要です。

描いている本人は気づいていないのかもしてませんが、これはちゃんと気づいておかなければならない事だと思います。



posted by かとう at 04:29| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2016年05月31日

添削について


作品を拝見してアドバイスをしている時、「添削をしてもらった作品を、投稿や持ち込みしてもよいのですか?」と質問された事があります。
そんな事を聞かれたことがないので、一瞬戸惑いました。

もちろんOKですが、気になったので「ひょっとして、アドバイスを元に描いた作品は必ず賞に入ったり、採用されると思っていませんか?」と逆に質問したら、どうやら図星のようでした。

アドバイスを元に描きなおしたからといって、その作品が「賞に入ったり、採用されたりする」とは限りません。

いくら表現方法(マンガ表現やストーリー構成・演出)が適切だからといっても、元々のオリジナル作品自体の「テーマや発想あるいは絵柄」に優れた魅力がなければ、作品としての評価はされにくいのです。

極端な言い方をすると、「表現方法など適切に出来て当たり前」であり、作品としての採用の判断は「画力」であり「発想力」であったりするわけです。

アドバイスや添削ができる対象は、あくまで「表現方法」に限定されます。
「こういう事を伝えたい」なら「こういう描き方をすると適切に伝わる」というノウハウを講師は教えるのです。

「ストーリーマンガ」は、

「画力」
「マンガ表現力」
「ストーリー構成・演出力」
「アイデア、テーマの発想力」

の4つの要素で成立していると考えていますが、「マンガ表現力」「ストーリー構成・演出」は技術なので、アドバイスされた知識を身に付け、訓練することでレベルアップ出来ます。

「画力」に関しても、ある程度は技術なのでアドバイス・添削により、「上手い絵」を描けるようにはなります。
しかし、マンガ的な「魅力的な絵」を描けるようになる事とは別物です。

「魅力的な絵を描く力」と「オリジナリティのある発想力」は、持って生まれた才能や生活環境によるところが大きいです。
この2つに関しては、アドバイスや添削でどうにか出来るものではありません。

そこの所が理解出来ないと、
「添削してもらう」→「作品を描き直す」→「採用される」→「プロになれる」と短絡的に考えてしまう事になります。


posted by かとう at 05:43| Comment(0) | マンガの作り方

2016年05月23日

「分かりにくいマンガ」の意味


仕事柄、プロ未満のストーリーマンガを見る機会が多いのですが、最近気づいたことがあります。

「分かりにくい表現で作品を描いている」という自覚がないのでは…という事。

コマの中にセリフと絵が描かれていれば、とんでもなくトンチンカンな表現でない限り、「なにが描かれているのか」はおおよそ分かります。
ましてや自分の脳内では完璧に展開が理解出来ているわけだから、「何が描かれているのか分からないマンガ」のはずがない…と思っているのではないのだろうかということです。

何故こんな事を書くのかといえば、「よく分からないんだけど」という私の言葉に対して、「何が分からないのだろう?」…というような反応に出会うからです。

言葉の使い方と言うのは難しいですね。
私が使う「分かりやすい」という言葉は、読む時に「描かれていることが、「何のストレスもなくスッと頭に入って来る表現になっている」という意味合い。
「分かりにくい」というのは、情報が整理されていないために、「どう読み取ったらよいのかの判断がつきにくい為、ストレスを感じる」表現になっているという意味合いです。

「コマ展開」がイイ!とか「テンポ」がイイ!という言い方をしますが、
「ストーリーマンガ」を面白くしているのは、「頭を使わなくてもストーリーがストレスなくスッと頭に入って来る表現」に依るところはかなり大きいものだと思っています。

一般的に「画力やストーリー」は取りざたされますが、「ストーリーマンガ表現」の重要性に関しては、ややないがしろにされているような気がする私です。



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2016年05月16日

「担当が付く」という事


投稿や持ち込みの結果、担当さんが付くというのは「デビューへ向けて」の第一歩が始まった…ということ。
担当付きになるというのは、具体的には「ネームを見てもらうようになる事」を指します。
描いたネームを見てもらい、イイとかダメとかいろいろチェックが入ります。
その際の「イイとかダメとか」というのは、「アイデア」や「ストーリー構成」や「演出」に関してがメインになります。

アイデアやテーマは面白いか。
キャラクターや世界観をどうするか。
どういうエピソードが必要なのか。
どうしたら面白く、魅力的になるのか…といった話作り・見せ方を、延々と続けます。

これ、結構シンドイです。
自分が描きたいことを好きなように描いてきたアマチュア時代と違って、別人がそこに介入してくるわけですし、その別人は「商品として成立する作品」を作る側の人だから尚更です。

数ヶ月で、デビューできる場合もありますし、一年以上かかる場合もあります。
場合によっては、結局デビュー出来ない事もあるわけです。

担当氏のダメ出しを受け止め、方向性の意図を理解し、描き直す…という作業を繰り返す。
「これ」が、「担当が付く」という事です。

デビューし連載が始まっても、この作業は延々と続いていきます。
相性が良く、「能力のある担当者」である事が望ましいですが、この出会いはもう「運」というしかないです。


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2016年05月08日

ネームはなんのために描くのか?



いろいろな考え方はあると思いますが、最大の理由は「編集サイドの承認を受けるため」だろうと思います。

しっかりした構成の作品を描くためにネームを描くという、「描き手」の理由もあると思うのですが、実は「ネームを描かなくてもストーリーマンガは描ける」ものです。

私はコロコロコミックでマンガが掲載されるようになるまで、実はネームを描いたことがなく、原稿用紙に直接描いていました。
(というより「ネームを描く作業」が存在する事自体知らなかった。)

「COM」へ投稿作や「マンガ少年」の掲載作品は、全てネーム無しの「原稿用紙への直接描き」です。
「COM」は投稿でしたし「マンガ少年」は 持ち込みでしたので、ネームを見せる必要など ありません。
自分で納得出来る構成が出来上がっていれば、ネームなど無用だったからです。

月刊「マンガ少年」(既に廃刊)は、描き上がった作品を持ち込み、面白ければ「預かり」、つまらなければ「突き返される」という繰り返しでした。
コロコロコミックの藤子賞に応募して佳作入選した「ドラゴンmyフレンド」も、ネーム無しの原稿用紙直接描きです。

賞に入って担当氏がついた時から、打ち合わせのためにネームを描く必要が出てきました。
ネームを元に、担当氏がこれではダメ!こうしたらどう?と何度も描きなおしをするのです。
ナゼそんな事をするのかといえば、商品として売れる作品を作るためです。
描くのは私でも、それを売る立場にあるのは編集部ですから、当然「商品としてどうか」というチェックが入るという事になります。

連載が始まっても、ネームによるチェックは入ります。
いい加減な商品を売るわけにはいきません。
編集部にとっては商売するための商品作りなのですから、「より商品価値の高いもの」 を作るためにチェックは入り続けます。

専門学校の場合、学生達にネームを描いてもらう理由はやや異なります。
間違った描き方をしていないか?プロとして通用するための最低ラインはクリア出来ているか?のチェックです。
それが出来ていないと、編集部からは門前払いされてしまいます。


ネームを描くことで、「より緻密な構成」の設計図を引くことは出来ますが、同時に「感性による勢い」は抑えられがちになるというマイナス部分もあるように思います。
しかし、現実問題として「出版社と手を組んで仕事をする」場合には、避けられない作業であることは間違いないです。



posted by かとう at 07:19| Comment(0) | マンガについて考える

2016年05月02日

読むのは簡単。描くのは難関。


「ストーリーマンガ」って、サクサク読めて、ドキドキして、次はどうなるのだろうと次々にコマを読み進められる。
キャラクター達が何を考えて、どんな行動をしているのか、読者は特に意識しなくてもストーリーがスーッと頭に入ってくる。

「ストーリーマンガ」って面白いなァ〜。
コマの中に絵を描いてセリフを書けば、「ストーリーマンガ」が描けるのか!
自分も「ストーリーマンガ」を描いてプロになろう!
そう思って実際に描き始めると、そう簡単な作業ではないと気づく。

絵とセリフで描かれているから、ストーリーマンガは分かりやすく面白いのではありません。
プロの先生方が「どういう見せ方をしたらベストなのか」と知恵を絞って描いているから、「分かりやすく面白い」のです。


posted by かとう at 05:40| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年04月25日

脳は案外いい加減だったりする


「アイデアが思い浮かび」「ストーリーが頭の中でまとまった!」と喜んではみたものの、思い通りにネームに起こせない…という経験をしてきました。
実は「まとまったと錯覚している」だけに過ぎなかった…ということなのだろうと思います。

脳の中では「無意識」に様々な情報を「曖昧なまま」補完し合っています。
ホントはまとまっていないのに、まとまっている事にしまっているだけなので、ネームに描き起こす事が難しいのだろうと思います。

とにかく、まず言葉にして書き出していく。
目の前に具体的に書かれた言葉は、客観的に見る事ができるため、足りない事・矛盾している事を、検討し組み立てていく事が出来るようになります。

「頭の中にあるモノを具体化していく」作業は必要だ痛感します。


posted by かとう at 05:29| Comment(0) | マンガについて考える

2016年04月18日

「メクリ」の正しい使い方



独学でマンガを描くことを学んだので、独りよがりの解釈をしていた事がいくつかあります。
そのうちの一つに「メクリ」に対する考え方がありました

「メクリ」という機能は、左ページの最後のコマに「次はどうなるのだろう?」というシーンを用意する事だとず〜っと思っていました。
しかし、これだけでは「メクリ」の効果は「半分しか機能していない」のです。

講師を始めて、「メクリの効果」を解説する際にどうも説得力が無いので、どうしたものかと悩んで、同僚の先生に相談したところ、「メクリの機能」とはどういうものなのか、初めて教えてもらいました。
「なるほど!」と納得出来たと同時に、「独学の限界」というのを感じたのを覚えています。

「メクリを効果的に機能させる」知識は、教えてもらわないとなかなか気付けないものだと思います。

気になっている人もいるかもしれないので、「メクリを効果的に機能させる」とはどういう事かを書いておきます。

「メクリ」のコマの「期待に応える」シーンを、つぎのページの「1コマ目に必ず用意する」…です。

「なんだ、そんな事か」と思われると思うのですが、コレとても重要なのです。

コレが理解出来ていないと、次のページが「メクリ」の延長でしかなくなり、ページを開いた瞬間の「サプライズ」が無く、刺激のない展開になってしまうのです。


posted by かとう at 05:39| Comment(0) | マンガの作り方

2016年04月11日

マンガでセリフのニュアンスを伝える


映画やアニメだと声だけで「セリフのニュアンス」が伝わるし、男なのか女なのかも判断出来ます。
ところが紙に描かれたマンガは声を出せず、セリフを文字だけで表現するため、それらが難しい。
そこでマンガでは「セリフのニュアンス」を伝える方法として、セリフと共に「人物」と「その表情」を一緒に「見せる」ということをします。

そのため、マンガでは「フキダシ(セリフ)」と喋っている「人物」は、「一つのコマの中に一対」で描くというのが基本なのですが、最近はそうではないマンガが多くなっているような気がします。

今は最初にアニメに馴染み、マンガに移行してくる流れなので、「マンガを描いている」というより「動かないアニメを描いている」という意識の方が強いのかも…と思う事があります。
画面が動かないという事は理解出来ても、「声はフキダシの文字だけでは伝わらない」という事には無自覚なのではないのか…と心配になります。

前後のつながりを確認し推測して読めば分からないわけではないですが、読者の脳内補完に頼ることになり、読者にはかなり負担になっているのは間違いないのです。


posted by かとう at 04:39| Comment(0) | マンガについて考える

2016年04月04日

マンガと共に楽しく生きる


マンガは楽しい(^ ^)。
小学校の時から「マンガにどっぷり」の人生を歩んできました。

最初は読むのが楽しくて面白くて、ひたすら「マンガを読む」のが生きがい。
中学生になってからは、自分でも「マンガを描く」のが生きがいになり、以降はひたすら「マンガを描く」ことに没頭してきました。

食べていかなくてはならないので、社会に出て仕事はしていましたが、何の為に生きているのかといったら「自分のマンガを描く」ためでした。

幸いなことにプロとして活動することが出来るようになり、仕事の中心は「マンガを描く」ことになりましたが、本当に楽しい毎日でした(苦労はいろいろありましたけど)。

セミリタイア状態の今は、「マンガ家としての作品を描く」事からは遠ざかっていますが、「マンガを教える立場」になり、「マンガを描いてもらう事の楽しみ」を覚え、相変わらず「マンガにどっぷり」の生活をさせていただいてます。

大ヒットを飛ばしたわけでもなく、アニメ化・映画化をされたこともなく、さして著名でもない無名のマンガ家ですが、それでも「マンガと共に楽しく生きる」生活は続いています。


posted by かとう at 05:27| Comment(0) | myマンガ道

2016年03月28日

「ストーリーマンガ基礎表現教室」の進行状態


意欲的に課題に取り組む方が多く、とてもよい形で進行しています。

多くの方から課題が提出され、気になった点や「こうしたらどうか」といったアドバイスをするのですが、課題提出が集まれば集まるほどそれらが有効な教材となっていきます。

「優れた1点の課題サンプル」を見本にするより、「欠点のある課題」と「対応したチェックポイント」がたくさんサンプルとしてあったほうが効果的だと私は思っています。

前者だと「こう描かなくてはならない」になってしまいますが、後者だと「こういう描き方をしなければ、自由に描いていい」という描き方が出来るからです。



新しい課題を考え出していかなくてはならないのがやや難儀ではありますが、面白い教室になっていきそうなのでがんばりたいと思っています。
posted by かとう at 08:34| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事