2016年03月21日

マンガを描き続けてよかったこと


マンガが好きになり、自分でノートにマンガを描き始めたのが小学6年生の時。
それ以来、ずーっとマンガを描き続けている。

つらい事や悲しい事があっても、生きていく上での支えになっていた。
孤独を感じた事がない。
自分が劣っていると思った事がない。

自分で「世界」を作れる事の楽しさは、描く事が出来る人にしか理解してもらえない。
それを知っている自分は、なんて幸せ者なのだろうとずーっと感じて生きている。

仕事や私生活で失敗して落ち込んだ時も、自分にはマンガがある!と立ち直れた。
デビュー前もデビュー後も、常にそうだった。
落選したり打ち切りになったりしても、人は見る目がないから仕方がないと本気で思っていた。

バカなのかもしれない。
でも…それでいいのだo(^_^)o

「自分が描いているマンガが一番面白い!」と思うことも出来ず、マンガを描き続けられるものかって本気で思う私です。


posted by かとう at 04:32| Comment(0) | myマンガ道

2016年03月14日

「ストーリーマンガ基礎表現教室」の事


ツイッターで新たに「ストーリーマンガ倶楽部」を作りました。
ストーリーマンガ制作に特化したアカウントです。

「真剣にストーリーマンガ」を描きたい人に絞り込んだ内容で、私もかなり真剣です。
そのためには、フォローする側・される側の信頼関係が必要になる為、承認制の鍵付きアカウントにさせていただきました。
ちなみに、「既にプロとして活動されている方」や、マンガは大好きだけど「マンガを描くつもりのない方」はご遠慮いただいています。

なぜそんな事を始めたのかというと
「1人でも多くの方にマンガが描けるようになってもらい、1本でも多くの面白いマンガを世の中に生みだしてほしい」という願いです。

そんなわけで始めた「ストーリーマンガ倶楽部」ですが、本アカウントとの差別化をどう考えたらいいのか迷いました。

参加者の提出した「かとう式マンガ表現基礎課題」に対して、「気付いた点・簡単なアドバイス」を続けているうち、見えてきた事があります。

日頃、本アカウントでつぶやいている事は言葉による抽象的なメッセージでしかないのですが、提出された課題とアドバイスを同時に見てもらうことで、メッセージが具体的になる事に気付きました。

(°_°;)   これって、学校で行っている授業と全く変わりないじゃん。
ということで、アカウント名を「ストーリーマンガ基礎表現教室」に変更した次第です


参加者の方がとても熱心で、私のアドバイスを受け入れてくれ、真摯な態度で描き直しをしてくれます。
その結果、他の参加者の皆さんにも「ビフォアー・アフター」を見ていただくことで、私のアドバイスが具体的な形として見えてくる事になります。

同じ一つの課題でも様々なアプローチの仕方があって、私にとっても刺激のあるアカウントになりました。


posted by かとう at 06:08| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年03月07日

コマの中に描く情報


一つのコマの中に「たくさんの情報が詰め込まれている」と、伝えたいのがどの情報なのか読み取りにくくなります。

必要以上にセリフや描き文字が描きこまれている。
無関係なキャラクターや背景・小道具が描きこまれている…といったコマ。
それらが次々に展開すると情報を整理するために頭が混乱し、読み手は何が描かれているのか解らなくなってきます。
やがてだんだんと読むのが面倒になってきて、読むのを止めてしまうことになりがちです。

その逆も然りです。

何処にいるのか分からない。
位置関係がつかめない。
キャラの区別がつかない。
キャラが何をしている仕草なのかが分からない。
表情の描写が曖昧で心情が伝わってこない…といったコマのように、「必要な情報」が描かれていないと、読み手は脳内補完をせざるを得なくなります。
それらが続くと、脳内補完に限界が来て、理解不能になり読むのが面倒になってきます。
で、結果読むのを止めることになります。

必要な情報を適切にコマの中に納めると、分かりやすく、テンポのいいコマ展開になるのですが、慣れないうちはそれがとても難しいものなので、みんな苦労をするのですけどね(^_^;)


posted by かとう at 06:40| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2016年02月29日

マンガの専門学校と講師の存在意義



読者を意識した「ストーリーマンガ」の描き方には、様々な約束事があります。
いわゆる「マンガ文法」です。

その知識を学ぶだけでは、なかなか身に付くものではありません。
頭の中に知識として存在していても、身体が対応してくれないのです。
知識を活かすためには相応の訓練が必要になってきます。

知識を学ぶだけなら、市販の本を購入すればOKです。
しかし、だからといって「ストーリーマンガ」が描けるようになるわけではないのです。

マンガの描き方(知識)を教える講師は、「知識を教える」と共に「そのトレーニングに付添って」、具体的にアドバイスして身に付けさせていくまでが仕事です。
「トレーナーとしての存在」である事が重要な点だと思います。

独学でマンガを学んだ人から見たら、なんとも過保護に感じられるかもしれませんが、
それで「ストーリーマンガ」が描けるようになれば、それこそが専門学校が存在する意義だと思っています。


posted by かとう at 08:52| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年02月22日

マンガの面白さは、「絵とストーリーのバランス」



「デジタルマンガキャンパスマッチ」というコンテストで、つくばの学生が賞をいただいたきました。
ありがたい事です。
面白いマンガを描く子なので、認めてもらえた事が我が事のようにうれしいです。

審査員の山田ゴロ先生が講評文の中で何気なく言われていたひとことに、目からウロコが落ちる思いがしました。

それは

「マンガの面白さは、絵とストーリーのバランス」

という言葉。

マンガは「絵」と「ストーリー」で構成されているのですが、絵が上手くても、ストーリー(伝えられる内容)が面白くても、その「バランス」が取れていないと「マンガとして面白くならない」…という、当たり前のことに改めて気づかされたのです。

多少画力が劣っていても、伝えたい内容とバランスが取れていると、劣っている「画力」がイッキに「魅力」になります。
だからマンガは面白い。

「デジタルマンガキャンパス・マッチ2015」で検索してみてください。
今なら受賞作品の講評とともに、全作品見る事ができます。


posted by かとう at 06:14| Comment(0) | マンガについて考える

2016年02月15日

挿絵小説(ビジュアル・ノベル)



学生や受講生の描いた「ストーリーマンガ」を見ていて、ず〜っと気になる事がありました。

●フキダシにシッポがついていないので、肉声なのか想いなのか、誰のセリフなのか分からない描き方をする

●コマの中央に、セリフ(フキダシ)がド〜ンと配置されている

●フキダシが、コマの中に描かれていない人物のセリフになっている

●フキダシが、コマとコマにまたがる配置になっている

●どのコマにもセリフが入っている

●コマの中のセリフと絵が連動していない

●行動や状況を絵で描かず文字で説明する

という表現が頻繁に出てくる事。

何故わざわざ分かりづらい表現をするのだろう…と不思議に思っていました。
「画力が足りず、絵の描き分けが出来ない」という、単純な理由だけではないような気がしていたのです。
(実際の話、画力があってもこういう描き方をする人がいる)。

最近、ツイッターでこんなつぶやきを目にしました。
(プロ作家なのか同人作家さんなのか分からないのですが)

「文脈を最も重要視して」マンガを描いている

これを見た時、「ああっ!そういうことなのか!!」と目からウロコが落ちました。

セリフ(ナレーション・独白も含めて)が重要だから、ああいう描き方になるという事に気づいたのです。

コマの中に描かれている絵は挿絵という感覚なのかもしれない。
「挿絵 に囲まれた小説」を描いているのだとしたら、あの描き方にとても納得出来ます。

私はマンガとして読んでいたので、違和感があったのだなぁ…と思いました。

時代の流れかもしれないのですが、これらの表現が受け入れられている空気をなんとなく感じている今日この頃です。


posted by かとう at 06:33| Comment(2) | マンガについて考える

2016年02月08日

分かりにくい「ストーリーマンガ」のポイント


何が描かれているのかよく分からない「ストーリーマンガ」を分類してみると、次のどれかに当てはまるように思います。
大きく分けて3つ。
<ビジュアル>と<コマ展開>と<ストーリー構成>。

<ビジュアル>
コマの中に描かれている絵が、具体的に何を描いているのか分からない。

例えば
●走っているのか歩いているのか分からないといったキャラクターの仕草。

●怒っているのか泣いているのか分からないといったキャラクターの表情。

●何が描かれているのかよく分からない背景描写など。

基本的には「画力がないため、絵として伝えられない」場合が多いようです。

<コマ展開>
「コマの中に何が描かれているのか」は分かるが、次のコマとどういう関連で繋がるのかが分からない。

例えば
●背景が描かれていないのでキャラクターがどこにいるのかが分からないとか、複数の登場人物の位置関係が分からない…といった「状況説明」の不足。

●誰のセリフなのか分からない会話…などの、マンガ表現の基本的な部分。


<ストーリー構成>

例えば
●主人公が誰だか分からない。

●登場する人物たちの「キャラクター」が伝わらない。

●キャラクターがどういう理由で、何をしようとしているのか分からない。

●なにを見せようとしているストーリーなのかが把握できない。

いわゆる「5W1H」が曖昧な構成になっている場合がほとんどです。


posted by かとう at 06:10| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2016年02月01日

「かとう式マンガ表現基礎課題」にトライしてみませんか?



専門学校の授業で、「マンガ表現の基礎」として3年程前から授業に取り入れている課題です。
ツイッターで公開したところ、多くの方が参加してくださいました。

実際の授業では、提出された課題に対して「伝わりづらい点」「誤解される表現」のチェック・アドバイスをします。
公開なので、自分1人の課題だけではなく全員の課題のチェックを確認できるので、いろいろなパターンを知る事ができます。

マンガの表現には、「こう描かなくてはならない」という正解はありません。
「どれだけ効果的に伝わるか」が重要です。

ツイッターに参加された方々のサンプルは、とても面白く参考になりました。
課題のポイントを的確に理解し、適切でオリジナリティのある表現がされている作品には、意表を突かれ感心しました。

皆さんもトライしてみませんか?


レベル1

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レベル2
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レベル3
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ちなみに参加された皆さんのサンプルは、ツイッターの以下のハッシュタグでご覧いただけます。

#かとう式マンガ表現基礎課題


posted by かとう at 06:17| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月25日

課題の意図を読み取らない(読み取れない?)人の話


多くの受講生や学生の提出課題を見てきました。
割合としてはごく少数ではあるのですが、添削困難な提出課題に直面する事があります。

例えば「大人と子供の描き分けをしてみよう」という課題があるとします。
大人と子供では、「体型の違い」や「顔のパーツのバランスの違い」があり、そのポイントを押さえて描けば、大人と子供の描き分けが出来るようになります。

課題の意図が分かっていれば、自分なりに「大人と子供」を描いて提出するのが普通です。
提出された課題に対し、適切に描かれている部分にはOKを出し、描き分けられていない点は「作例を描いてアドバイス」をする。

このやりとりがあって「課題提出・添削」が成り立ち、描き分けのポイントを身につけてもらう事ができます。

ところが、「読み取れないから」なのか「意図的に」なのか判断がつかないのですが、必ずと言っていいほど「意図から外れた」課題作品を提出する人がごく一定数存在します。

例えば、
「カエルとおたまじゃくし」を描いて提出する人。

確かに大人と子供には違いないし、ネタとしては笑えます。

お互い「マンガを描く人間」なので、「ユーモアで解釈するセンス」は評価してあげたいとは思います。
しかし、課題は「人のキャラクターの描き分け」という「お題」なのですから、「カエルとおたまじゃくし」を提出されても添削のしようが無いのです。

実に対応に困る瞬間なのです(⌒-⌒; )


posted by かとう at 05:04| Comment(5) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月18日

1ページ描くのにかかる時間と原稿料の話



先日、専門学校の1年生の授業でこんな質問をしてみました。
「プロになったと想定して、自分の作品の1ページの原稿料がいくら位なのかを考えて答えてみて」

なぜこんな質問をしたのかというと、1ページを描き上げる時間とギャラとの関連性を認識して欲しいという意図でした。

初心者なので要領が分からず、模索しながら描いているから描き上げるまで時間がかかるというのは分かります。
しかし(人にもよりますが)、多くの学生は作品を描き上げるのに時間がかかり過ぎます。
心配なのは、今のペースに慣れてしまうこと。

描き慣れて来たら、短時間で描ける能力をレベルアップをしていく必要が出てきます。

で、その質問の答えですが「相場を知らないので分からない」…という反応。
「確かにマンガが描けるようになる」ことに集中しているのだろうから、原稿料のことなど考えたことすらないのかもしれません。

相場など気にせず、あえて考えてみてほしい…ということで答えてもらいました。
上は15000円位、下は2000円位という認識でした。

次に、1ページ描くのに何時間かかるのか?を考えてもらいました。

例えば、31ページ(アイデアから完成原稿まで)の実質作業時間を100時間位とすると(私の場合ですけど ^^;  )、100÷31で1ページにかかる時間は3時間と少し。

今の新人の原稿料の相場が分からないので、原稿料を8000円としてみます。
おおざっぱな計算ですが、私の場合だと8000÷3で、時給は約2700円位。

10時間かかる人は、時給800円。
5時間なら1600円。
2時間なら4000円…ということになります。

当たり前の計算ですが、かかる時間が少ないほど時給は高くなります。

作品を時給で換算するなど言語道断!と思われる人もいるかもしれません。
趣味で描くなら何十時間かかろうが問題ないですが、プロになると原稿料で生活していかなくてはならないという現実があります。
(作品がヒットし印税がたくさん入ってくるなら、時給計算など不要ですけど^^;)


「一定のレベルの作品を短時間で描き上げる」という才能は、プロとして生きていくためには重要な能力だという事を伝えたかったのですが、うまく伝わったかどうかチョット不安です^^;


posted by かとう at 11:17| Comment(2) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月11日

面白い映画



CS・BS放送で、面白そうだと思う映画を片っ端から録画しています。
タイトルや簡単な内容解説を参考に、ジャンルは問わず‥です。

時間を見つけては録画した映画を観るわけですが、始まって最初の15分以内に「どんな主人公」が「何をしようとする」映画なのかが伝わってこないと、それ以降は興味が持てなくなり、観る気がドンドン失せてきます。

30分過ぎても、相変わらず「どんな主人公」が「何をしようとする」映画なのかが伝わってこないと、「分からない、解らない、ワカラナイ…」と脳がSOSをだし始めます。
そうなるともうダメ。
「面白そう」という気持ちが失せて「つまらない」という思いが勝り、退屈で苦痛になり、途中で観るのを止めてしまいます。

逆に、冒頭に「主人公はこんな奴」「こいつがこんな事をしようとしている」というのが面白いエピソードで描かれていると、一気に画面に引きづりこまれます。

私にとって面白い映画というのは、主人公がどういうキャラクターで、なにをしようとしているのかが分かるようなエピソードを、面白く描いた導入部であることが最低条件になっています。

「最後まで観ないと面白いかどうかは分からない」という見方もあるとは思います。
つまらない映画を見て、何故つまらないのかを分析するという見方もあると思います。
最近の私は、時間を無駄にするより「面白いものを沢山観た方が良いと思う派」になっています(^_^)

posted by かとう at 07:34| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2016年01月04日

「ネーム」の描き込み具合


「ストーリーマンガ」を描く際の「ネーム」は、いわばマンガの設計図みたいなもの。
どんなコマ割りで、どんなセリフが入って、どんな絵を入れるのか…を決める作業なので本来ならば絵は大雑把でOKです。

学生にはマンガ描き初心者が多く、中には生まれて初めてコマ割りをして「ストーリーマンガ」を描くという人もいます。
私の授業では、「ストーリーマンガ」を描く勘所をつかんでもらう為に、最初は「ネーム」は丁寧に描いてもらっています。

そうしないと、「何が描かれているのか一向に分からないネーム」が出来上がってくるため、アドバイスのしようがないからです。
(大雑把でも、何が描かれているのか分かるように描くのは技術が要るものなので、逆に初心者には難しいものなのです)

ある程度マンガを描くことに慣れてくると、ラフなネームでも何が描かれているのか分かるようになってきます。
丁寧にネームを描くと時間がかかるため、「もっとラフに描いて時間を有効に使うように」と指導を切り替える事になるもですが、タイミングが難しい。

丁寧に描くことに慣れてしまうと、「ラフに描くことが出来なくなる」という困った状況が起きるようになります。
ネームに時間がかかる原因が、「丁寧に描いているから」…というのはよろしくないです。
コマ構成・ストーリー展開・演出のチェックに時間をかけるのが、本来のネームの時間の使い方だからです。

時間をかけず適切にネームを描き上げる能力は、プロとして活動を目指す上でかなり重要です。



posted by かとう at 05:31| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年12月28日

客観視の難しさ



自分の絵を「第三者の視点で見る」ことはとても難しいものです。
だから、自分の描いたキャラクターの「形の不自然さ」に気付けない事が多いです。
指摘されても、「そんなことはない」ように感じられてしまいます。

コロコロで「ワールドヒーローズ」を描いていた頃、「キャラクターの体型の不自然さ」を担当さんに何度か指摘されたことがあります。
言われても「そうかな…??」と素直に受け止められなかったのですが、指摘された以上は直さなければならないので描きなおしました。
しばらく時間が経って直したものを見ると、指摘が正しかった事が分かり納得した経験があります。

描き手には「癖」があるもので(それは絵柄の個性にもつながるものですが)、強すぎると違和感が出てしまいます。
でも描いている本人は気付かないものなのです。

それと同様に、自分が描いたストーリーマンガのコマ展開を「第三者の視点で見る」ことも難しいです。
「自分の頭の中では」しっかりと分かりやすいコマが展開しているので、それに気付けません。

ストーリー構成やコマ展開に関しては、「担当氏にネームをチェックしてもらう」事で客観視してもらいます。
指摘されても「なぜ分かってもらえないのか」と不満を感じることもしばしばですが、「伝わらない部分」が明確になる分、描きなおすのも容易になります。

ここで重要な事は、「適切な指摘が出来る人」にみてもらえる事。
「分かっていない人」に指摘され、それに従うと悲惨な目に会う場合があるので要注意なのです。


posted by かとう at 06:46| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年12月21日

セリフの書かれていないフキダシ



添削をする際に、フキダシにセリフが書かれていないネームに出会って驚いた事があります。
シナリオが添付されていたので、セリフをネームにわざわざ書く必要がないと思ったのかもしれません。
自分では「どんなセリフが入るのか」分かっていても、セリフはフキダシの中に書き込んでおく必要があります。

「シナリオ」と「セリフのないネーム」を照らし合わせて見て欲しいという事だと思うのですが、「何が展開しているのか」が見ていてもちっとも頭に入ってこなかった^^;

セリフは絵の一部であり、セリフと絵が連動してこそ、ストーリーマンガの一コマとして成立するものだという認識がなかったのだろうと思います。

チェックしてもらう場合は、「必ずセリフを書く」ようにしっかりと伝えました^^;



posted by かとう at 08:54| Comment(0) | マンガについて考える

2015年12月15日

今年ももうすぐ終わっちゃう



年々時間の過ぎるのが早くなり、寿命が短くなるのをヒシヒシと感じます。

「マンガを描いて原稿料をもらう」という生活から、「マンガの描き方を教える事でギャラをもらう」という生活になってずいぶん経ちました。

作品を描くのと同じくらい、教える事は楽しいです。
そして、「マンガを描く事を覚え、作品が描けるようになり、成長していく姿」を間近で観られるのは、ホントに嬉しいものです。
プロとして活動するまでに成長した姿は、神々しくさえ見えます。

が、同時にプロとして食べていく事がとても大変な事だと分かっているだけに、心配にもなるのです。
ぜひ頑張って欲しいと祈ってしまうのです。

みんな、がんばろーねp(^_^)q



posted by かとう at 14:43| Comment(3) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年12月07日

ツイッターを始めて3年になりました



当初は日常の事などをつぶやいていたのですが、「何か情報を発信出来て、誰かの役に立てたらいいな」と思うようになり、「ストーリーマンガ」の制作やそれに関する経験談などをつぶやく事がメインになりました。

ツイッターに限らず、ネットには様々な生き方・考え方の人がいて、情報発信に対して様々な反応があります。
「すべての人が同意してくれる」など、あり得ないことは分かっているにも関わらず、批判的なリツイートがあると当初は落ち込んでいました。

「私の言い方が悪いから誤解を生むのかも…」
「もっと分かりやすい言い回しがあったのかも…」

最近気づいたのですが、批判的なリツイートを見ると「ツイートの前後・それまでの流れを無視して、一部分だけを自分なりの解釈をして反応している」らしいということが見えてきました。
反応がトンチンカンなモノが多いので、遅まきながら「そういう事なのか…」と理解出来た次第です。

同じツイートに対して理解し納得してくれる人もいる訳ですから、「私の言い方」の問題ではなく「受け止める人の理解力と姿勢」の問題なのだろうと考えられるようになりましたので、以前ほど落ち込むような事はなくなりました。

……が、ツイッターの方でも繰り返しつぶやいているように、所詮は私個人の「ストーリーマンガ」論でしかありません。
納得していただける部分は参考にしていただき、そうでない部分はスルーしていただくのがありがたいです。



posted by かとう at 06:14| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年11月30日

独りよがりの「ストーリーマンガ」表現


自分の頭の中にあるモノが読者にも当然分かっている筈と思い込んで描かれている独りよがりの「ストーリーマンガ」の表現は 、分かりにくい展開になっている事が多いです。

マンガ家志望者の初心者は、一部の例外を除いてほとんどの作品がこの傾向の「ストーリーマンガ」になっているため、必死に理解しようと努めてコマを目で追って行くのですが、何度も後戻りします。
マンガを読むのがこんなに苦痛なものなのか・・・・と、ア然とする瞬間です。

こういう「ストーリーマンガ」を描かないようにするには、とりあえず「約束事としての基本的なマンガ表現」を忠実に守って描くしかないです。

ツイッターやブログを通じて何度も繰り返していて、「耳にタコ」かと思うのですが、大事な事なので繰り返します(;^_^A
守るべきは以下の4点。

★シーンの始まりには、背景とそこにいるキャラクターをしっかりロングショットで描き、舞台となる場所と人物の状況説明を読者に伝える。

★2人以上の登場人物が居る場合には、位置関係をしっかり描いて読者に伝える。

★基本的に人物とセリフは同一のコマ内に描き、誰のセリフなのかを読者にしっかり伝える。

★展開をセリフだけで伝えるのではなく、具体的に絵で描いて伝える。

少なくともこの4つがシッカリ守られていれば、そんなに分からない「ストーリーマンガ」表現にはならないはずです。

逆な言い方をすれば、これらを無視して描かれた「ストーリーマンガ」は、独りよがりの分かりづらい「ストーリーマンガ」表現ということになります。

posted by かとう at 06:36| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年11月23日

積極的に動く事が大事



十数年前、マンガ家志望者の交流の掲示板を運営していた頃の話。
担当さんにネームを送ったけれど一向に連絡をもらえず、「自分はもう見捨てられたのではないか」とか、「編集は忙しいのにこちらから連絡を入れては迷惑なのでは」と悩む人の書き込みが見られた。

その都度「忙しいからこそ、こちらから頻繁に連絡取るべき」とアドバイスしていた。
担当氏には「仕事の優先順位」があるから、どうしてもプロ未満の人の対応は後回しになりがちだが、気にしていることは間違いない。
だって、これからヒットを産むかもしれない「大切なマンガ家の卵」なのだから。

連絡を取る事によって、「こちら」も「あちら」も今の事情が分かれば、お互いに納得できる。
「相手に手間を掛けさせる」のではなく、「自分から動く」事が大切。

蛇足:
こちらが動かないと、編集サイドの視点として「ネームの返事連絡が出来ずだいぶ経つけど、なんの催促もないな。ヤル気あるのかな? もう少し放っておくか…。」という場合だってひょっとするとあるかも知れない。
そんな事でチャンスを失うのはもったいないと思う。

posted by かとう at 06:45| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年11月16日

マンガ家はどうやってマンガ家になれたのか?


専門学校なんて行かなくたってマンガ家になれるし、アシスタントに行く方がずっと効率的だという話をネットでよく見かけます。

間違いではないけど、そんなに単純な話ではないよな〜と思っていて、専門学校で教えている立場としては、専門学校の存在理由を考えることが多いです。


「マンガ家はどうやってマンガ家になれたのか?」


「マンガ家になりたいと思ったから」

という方と、

「マンガを描きたいから」

という方がいて、
それぞれマンガを描いて投稿や持ち込みをし、(最近ではコミケやWEBでスカウトということもあるようですが)

編集部に認めてもらった結果、

「マンガ家になった」

シンプルですが、それだけのことです。

そこで疑問を持たれる方もいると思います。
マンガ家になれる人となれない人が出てくるわけですが、その差は何なのか?

一番の理由は「マンガを描く量」だと思います。

マンガは頭で学ぶものではなく、身体で覚えるものです。
持って生まれた素質も影響しますが、基本的には練習量(完成作品を描く)がモノを言います。
それが分かっていない人が多いです。

専門学校の学生で、マンガを描いたことがない子が初めて描くマンガの完成度を高めようとして、なかなか描き上げられないというケースをよく見かけます。
始めて描くマンガが完璧に描けるわけがありません。

まず完成させることが大事だと伝えています。
1作しか描いたことのない人より、2作描いた人の方が力は伸びています。
2作より3作、3作より4作なのです。

ただし、ただ数を多く描けばいいというものではない。
完成させた作品を見返して、どこがダメな部分なのかを理解することが重要です。
その欠点を、次の作品で直していく。
その繰り返しが多いほど、作品は完成度が増して行くのです。

ところが、その「欠点」は自分ではなかなか分かりづらいモノなのですね。
どこが悪いのか分からずに次の作品を描き、同じ過ちを繰り返してしまいがちです。
私もそのループにハマり、難儀したことを思い出します。

その「欠点」は、第三者(プロの眼)に指摘してもらうのが最も効果的。
指摘と共に、具体的な対策も手に入れば「鬼に金棒」です。

そういう視点から考えると、常にプロのマンガ家が待機してアドバイスしようと待ち構えている「専門学校の存在理由」が見えます。
そして、「あるべき学生の姿勢」というのも見えます。

専門学校はマンガ家になる資格を与えるところではなく、回り道をしないでマンガ家になるための訓練をする所。
学生はその訓練に積極的に参加していく覚悟を持つこと。

そういうことなんだと思います。


posted by かとう at 06:09| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年11月02日

アイデアが出るしくみ


マンガ家になるためには「たくさん本を読んだり映画を観たたりすると良い」と言われます。

自分の作品作りの参考にするとか、どうしたら面白くなるのかの演出を学ぶとか、体験を豊富にするための「疑似体験」をたくさんしておくと役に立つといったような意味だと考えていました。

脳に関する本を読んでいて、面白い情報を知りました。

「アイデアが思い浮かぶ」とか「新しい発見をする」時の脳の「ひらめき」について書かれた本なのですが、「ひらめく」時の「脳の働き」は、「記憶を思い出す」時の働きと同じだということが脳研究では分かっているそうです。

そしてもうひとつ、脳に入った情報は脳に蓄積されますが、そのままの形で記憶に残るのではなく、常に脳内で編集されて形を変えていくのだそうです。

自分なりの勝手な解釈なのですが、納得できた理由は以下の通り。


たくさんの本を読み、たくさんの映画を観ることによって、ストーリーや知識や演出方法など、たくさんの情報がドンドン脳に蓄積されていきます。

その中で、印象に残ったことや興味をもったものに対しては、意識・無意識にかかわらず脳が整理し編集されて記憶として残っていきます。
新たに本を読み、新たに映画を観ることによって、さらに記憶が脳の中で編集され続けます。

マンガ家が作品を描こうとする時に「アイデアが浮かぶ」という工程は、これらの編集された記憶を無意識に「思い出している脳の働き」なのだということ。

重要なのは、「編集されたデータ」の形です。
日ごろ経験することですが、昔見たAとBの映画の内容がぐちゃぐちゃになって存在しないCという映画の内容になっている・・なんてことはよくあります。
無意識の中の自分がそれらの編集をしているわけです。

どういう基準でCという映画に編集したのかは分りませんが、潜在的に個人が持っている興味や嗜好が影響していることは間違いありません。

これらの編集されたデータがたくさんあればあるほど「ひらめく」確率が多くなります。
そして、存在していなかった「組合せによる斬新なアイデア」として「アウトプットされてくる」ということになる。


ということなのではないでしょうか。

アイデアは、蓄積の無い頭からは出てこない。
逆にいえば、「ひらめく」には「情報をたくさん脳に蓄えることが大事」ということになります。


posted by かとう at 06:27| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ