2015年06月09日

検索ワード


検索にかかって、たまたま私のブログを訪れる方がいらっしゃるのですが、その検索ワードに時々興味深いモノを見つけることがあります。
例えば、この二つ。

「デビューできずに終わる漫画家」
「何円くらい貯めてから漫画家の道に進む?」

なぜ興味深いのかというと、まず前者は理屈が合っていません。
デビューしていなければ「漫画家」とは言えませんから、不思議に思いました。
デビューできないで終わる「漫画家志望者」なら分かります。
それとも「連載が取れずに終わる漫画家」という意味なのかな?

おそらく探し求める回答は見つからなかったと思います。

後者はかなり切実な想いが伝わってきます。
マンガ家になるまでは収入がないだろうから、貯めておく必要があるだろうと考えているのでしょう。

私などは、何処かに就職して生活ができる状況を作り、仕事以外の時間を全てマンガを描くことに費やして、デビューできたら仕事を辞めればいいと思っていましたし、事実そうやってきました^^;

マンガ家になる!と決意して、「マンガを描いたこともないのに」仕事を辞めてしまう人もいると聞きます。
そういう人に比べれば、健全な頭を持っている人なんだろうと思いました。




posted by かとう at 04:26| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年06月02日

後日談


以前のブログ記事の「成長する人を見る事ほど嬉しいことはない」の後日談です。

結果として、彼女の作品はその年の「創作コミックグランプリ」の(審査員全員一致で)「グランプリ」に選ばれました。
2013年12月の事です。


蛇足ながら、このマンガは私が今まで読んできたマンガ(商業誌に発表されているプロの作品も含めて)の中でも群を抜いて面白く、いつまでも私の記憶に残る作品になりました。

image.jpg
受賞作「ファンファーレ」の一部


講談社との繋がりができ、その後ネームコンペを経て、今年の3月よりコミックボックスでの週刊連載が始まりました。
原稿料をもらっての執筆ですので、間違いなく「プロデビュー」。
単行本も出る予定との事です。

作品タイトルは「女なのでしょうがない」。
読者の対象年齢が高いマンガですが、独特の作家性を発揮した面白い作品なので、沢山の人に見ていただきたいです。

とりあえずプロマンガ家としてスタートできましたが、大変なのはこれから。
ご本人は「マンガを描くのが楽しい!」と断言出来る人。
充実したマンガ家人生を送れる事を心から祈っています。


以下は、2013年年末の記事「成長する人を見る事ほど嬉しいことはない」の再録です。

******

マンガというのは、(描くのが心の底から大好きな人は)描けば描く程、レベルがアップしていきます。
その過程を見ることが出来るのは、喜びであり感動でもあります。

フェーマスが毎年主催している「創作コミックグランプリ」というオリジナルマンガの「予選審査会」が先日行われ、審査員として参加しました。
今年もたくさんの作品が集まり、ほぼ一日かけて審査が行われました。
今年で5年目(5回目)になるのですが、毎回熱心に投稿される常連さんがいます。
課題を添削して名前を知っている方もいらっしゃるし、直営教室で直接お会いして実践指導した方もいらっしゃいます。

そんな方のうちのお一人なのですが、毎年欠かさず投稿され、何度かお会いするとその都度必ず新しい作品を描いて持って来られる人がいます。
マンガを描いたことがないという人でしたが、マンガを描きたいというその熱意は半端ではないように感じました。
絵は当初は酷かったです(ゴメン)。
背景もデタラメでした。
でも熱心にどうしたらいいのかを質問し、アドバイスを守ってコツコツと頑張っていました。

働きながら時間を作ってコツコツとマンガを描かれているとのことです。
この方は画力は劣りますが、作家性を持っている貴重な才能の持ち主で、作品としては当初から面白いと感じていた人です。

「創作コミックグランプリ」の投稿作品の画力が、毎年少しづつではありますが着実に向上してきました。
今年送られてきた作品は、やっと人に見せられるレベルの絵になっていて嬉しかったです。

マンガ力はもともと持っていたので、人に見せられるレベルの絵で描けることにより、その優れた「作家性」が見事に開花した作品になっていました。

最終審査に私は参加できないので祈るばかりですが、どういう結果が出るのか楽しみです。
たとえ賞に入らなかったとしても、私には最高に面白く感動的な作品でした。

********
posted by かとう at 06:11| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年05月26日

今という瞬間


ここ数年の事です。
ストレスが溜まって精神的に落ち込んでいたりする時、何気なく吹く風に爽やかさを感じたり、道端に咲いている花がやけに綺麗に見えたりする事があります。
そんな時、「生きているからこそ感じられるんだなぁ」と思えるようになりました。

死んでしまったら「感じる」事が出来なくなるという事に気付いたのです。
当たり前の事なのですが、当たり前すぎて実感出来ていなかったように思います。
「喜怒哀楽」を失ってしまうと、楽しい事や嬉しい事、辛い事だって感じる事が出来なくなってしまう。
もちろん、好きなマンガだって描く事が出来なくなってしまう。

明日も明後日も生きていて当たり前だと思いがちだけれど、何が起きるか分からないのが人生。
今この瞬間に見ている見慣れた景色(部屋の中でも外でも)でさえも、死んでしまうと二度と見る事が出来なくなると考えると、その「風景」と生きている「今」という瞬間がとても愛おしくなってきます。

「今を大事にしなさい」とは、年配の方から耳にたこができるほど聞かされた言葉でした。
言葉として頭では分かっていても、身体では理解していなかった。
爽やかな風と道端の花のおかげで、それが実感出来、確かにその通りだなと思えるようになりました。



posted by かとう at 04:33| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年05月19日

構成や演出は時代と共に進化(?)していく


昔の映画やTVドラマを見直すと、(全てではないけれど)「テンポのダラダラ感」にショックを受ける事が多いです。

見ていると、不要なカットのオンパレードです。
「そんなシーンを延々と見せる必要はないでしょ…」という展開があったりします。
なかなか話が始まらなず、ストーリーの本題に進まない。
主人公は何をしたいのか、一向に見えてこない。
何を見せたいのか、どこを面白がって欲しいと思って作っているのか伝わってこず、画面だけがダラダラと流れていく。
そんな印象の作品が多いように思いました。

そういう作品をみて思うのは、「マンガを描きなれない人」が描くマンガとの類似点が多い事。
逆な言い方をすれば、「マンガを描きなれない人」の描くマンガは、その当時に描かれていたら「通用する」だろうと思える事。

構成や演出というのは日々進化しているという事なのだと思います。




posted by かとう at 04:48| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年05月12日

簡単にストーリーがまとまった時には要注意


ストーリーを考える時、「どうしたら面白くなるか」という事よりも「うまくまとめる事」を優先してしまいがちです。
アイデアが浮かぶと、面白いマンガが描けそうだという予感を感じるものです。
しかし「面白さを伝えるためのストーリー構成」というのはなかなか厄介で、気付くと「ストーリーをまとめる事」を優先してしまい、「面白さを伝える事」は二の次になってしまう…という経験が私自身何度もあります^^;

さらに、スンナリとまとまるストーリーというのは、既存のストーリー(あのマンガとかこのマンガとか…)の筋立てを無意識の内に再構築しただけである場合が多いです。

「面白さを伝えるためのストーリー構成」というのは、アイデアにオリジナリティーがあればあるほど既存の枠にはまらない構成になる筈なので、そもそも容易に組み立てられるものでもありません。
(だからこそ、作業が面白いという事も事実ですが)

いとも簡単にストーリーがまとまったら要注意。
吟味し直してみる事をオススメします。



posted by かとう at 20:55| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年05月06日

ゲームの攻略動画の楽しさ


今「ブラッドボーン」にドップリとのめり込んでいる私です。

とにかく難しいゲームで、すぐ死にます^^;
で、進展できずどうしようもなくなると「攻略動画」のお世話になります。
攻略動画を見始めたのは、これまたドップリとハマった「ダークソウル2」からなのですが、見て驚いたのは「プレイヤーのおしゃべり」に個性があり、「おしゃべりの面白さとプレイ画面」で一つのエンターテインメントとなっていた事。

ひたすらボヤきながら攻略をする「ゲーム下手な人」のは、見ていて笑ってしまい勇気をもらえたりしました。

様々なゲーマーが様々な攻略動画をアップされていますが、「ブラッドボーン」で参考にしながら楽しませてもらっているのが「のあたん」という女子ゲーマーさんの動画。

何歳位の方なのか分かりませんが、「声」や「しゃべり方」や「セリフのセンス」や「反応」がとにかく可愛いくて面白く、食い入るように見てしまいます。
アニメに出てくる女の子的な「しゃべり」なのですが、演じているのではなく「素」のようなところが魅力的なのだろうと思います。
(「ブラッドボーン」は「お化け屋敷的」なホラーゲームなので、「素」が出てしまわざるを得ないのです)

興味にある方はぜひこちらを
「ブラッドボーン 女子ゲーマーが輸血しながら獣狩り」#1
http://youtu.be/0rA_6b4b7NI



posted by かとう at 06:56| Comment(0) | つれづれなるままに

2015年04月29日

初心者はなぜマンガを描けないのか


専門学校の講師を始めた当初、「ストーリーマンガ」の描き方を教えるにあたって一番困ったのは「学生達はなぜ描けないのか」が「分からない」事でした。
ちなみに「絵が描けない」ではなく「コマ割りをしてマンガにする」という意味での描けないです。

自分は独学でマンガを描き始めたので、難しい事は一切考えず、ひたすら楽しんで描いていました。
その「ストーリーマンガ」をチェックする人もいないから、それでよいものだ思っていました。
ある程度描いていて「そろそろ投稿してみようかな」と思う頃には一通りのセオリーが自然に身に付いていたので、「ストーリーマンガ」を描く事で「分からない事」など無かったわけです。

そういうわけだから、講師として教える立場になった時、何を教えていいのか分からなかったのです。
だって、マンガの専門学校に来る人は、昔の自分みたいな人達ばかりだと思ってましたから。

何年か講師をしてきて、「何が分からないのか」が少しづつ分かってきました。

まず第一に、「ストーリーマンガ」を描けない人は「描きたいものが分からない」から、具体的にどうしたらいいのかが分からないんだという事が分かりました。

「描きたいものが分からない」っていうのは、言い方を変えると、「描きたいものがあるけれどそれが抽象的すぎて具体化できない」という事です。

例えば、自分の大好きな○○先生のマンガのような「カッコイ戦闘アクションマンガ」を描いてみたいと思っても、どんな主人公がどんな戦いをする「ストーリーマンガ」にしたらいいのか分からないという事です。

イメージは漠然とあっても、具体的な形を思い描けない。
ここから抜け出すには、一つ一つ具体的に考え出していくことが必要になってきます。

「話」は言葉で組み立てられています。
例えば「嫌な夢をみて目が覚めた主人公」と言葉で書くと、なんとなく聞いている方はどういう状況なのか理解出来たような気がします。
それぞれの単語は、想像力を刺激する内容を含んだ言葉なので、聞いている方が勝手に状況を想像します。
伝える方も勝手にイメージして伝えています。

マンガで描くというのは「具体的に描く」ということなので、「嫌な夢をみて目が覚めた主人公」を描くには様々なものを具体的に考えていかなくてはなりません。

まず「主人公」
男なの?女なの?大人なの?子供なの?それとも年寄り?
そもそも人間なの?


「嫌な夢」ってどんな夢?
具体的にどういう夢を「嫌な夢」としては伝えたらいいの?
どこで目が覚めたの?
場所は自分の家のベッドの中?
それとも布団?
季節はいつなの?
夏ならタオルケットか?
家の中ではなく、駅のホームとか公園のベンチの上かもしれない。

一つのことが具体的に決まると、次の展開が具体的に見えてきます。
なぜそんな場所で寝ているのか?
なぜそんな嫌な夢を見たのが?
嫌な夢をみて、主人公はどうしたのか?
考えなくてはならないことが次々にでてきます。
それらを、一つ一つ
具体的に考えて組み立てていくのが、「ストーリーマンガ」を描く行程になるわけです。

「具体的に描く」という事が理解できる事が「ストーリーマンガ」を描くキーポイントなのですが、「具体的」を勘違いしている人もいるようです。

例えば、誕生日とか血液型とか星座とか好きな食べ物とか、どんなキャラクターなのか細かい設定を出来るだけ具体的に考えるという人がいますが、必要とされる「具体的」の意味が違います。
この辺りが混乱していると、「ストーリーマンガが描けない理由」が理解できないと思います。


posted by かとう at 06:24| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年04月22日

昔の自分へメッセージ


届くものなら届けたい(⌒-⌒; )
今の自分から、昔の自分へメッセージ


連休の始まりでウキウキしている昔の自分へメッセージ

休みだからってノンビリしてんじゃね〜よ。
今描かないでいつ描くんだよ〜。


自分はマンガ家になれるのだろうか?…と考えていた20代の自分へメッセージ

そんなこと考えるより行動。
1ページでも多くマンガを描くことの方が大事。
描いていれば、気付かぬ内にマンガ家になってる。
そんなもんだから( ´ ▽ ` )ノ


会社勤めをしながら投稿マンガを描いていた、20代の自分へメッセージ

どんなに疲れて帰ってきても「せめて枠線の一本でも描こう」としていた行動は、決して無駄になっていないぞ*\(^o^)/*


彼女もできず、ひたすらマンガにのめり込んでいた高校時代の自分にメッセージ

彼女がいない寂しさは同情するけど、もし彼女がいたら「脳内が全てマンガで満たされている、妙に充実しているその時間」を経験することは出来なかったはず。
そのままドップリとハマり込み続けていいと思うよ(^O^☆♪


コロコロで初連載をゲットするも打ち切りを告げられ、「このまま消えてしまうのだろうか…」と怯えている中年デビューの自分へメッセージ

今描いているものに全力を注ぐ事だ。自分を信じて描き続けるしかないのだから。
道は自ずと開かれてくるものだよ(^_^)


投稿して賞に入ったので、すぐにデビュー出来ると思い込んでいた昔の自分にメッセージ

賞に入った後の活動が大事。
ジッと待っていても何も始まらない。
マメに担当に接触し、担当の信頼を勝ち取り、デビュー出来るような作品作りに励みなさい!


連載がなくなってマンガが描けなくなり、焦っていた時に依頼が舞い込んだ「ジャンルの違うマンガ」を、受けようかどうしようかと迷っていた「あの時の自分」にメッセージ

その仕事にはとんでもない担当がつくぞ。
精神的に大ダメージを負い身体を壊す事になるので、絶対にやめておけ!



posted by かとう at 06:27| Comment(0) | myマンガ道

2015年04月15日

「楽しむマンガ」と「売るマンガ」


プロとして活動するには「売るためのマンガ」を描かねばなりません。
「売れる」ということは、世の中の需要に合った商業作品を描く必要があるということです。

「売れるためにはどうしたらよいか」が最優先になります。
アンケートの結果を参考に、更に売れるにはと知恵を絞って編集者と作り上げて行きます。

プロのマンガ家の先生方は日夜そうやって頑張っています。
だから、時にはつらくなったり、精神が蝕まれたりします。

プロだから当たり前といえば当たり前なのですが、「そこまでしてプロにならなくても・・・・」と密かに思っている人って、案外増えているような気がします。

「日曜画家」や「日曜大工」と言う言葉があるように、「日曜マンガ家」として「マンガを描くことを楽しむ時代」になってきたように感じるのは私だけでしょうか。

同人誌やネットでの公開も、当たり前に行われる時代です。
商業雑誌に掲載するだけがマンガを発表する手段ではなくなっています。

ちゃんとした仕事でとりあえず生計を立て、「マンガを楽しんで描いて、人生を優雅に過ごす」というのもアリなのではないか?と思う事が多くなりました。

商業誌でも、同人誌でも、ネットでの公開でも、評価されるマンガはちゃんと評価されます。
結果としては同じような気もするのです^^;
posted by かとう at 06:06| Comment(2) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年04月07日

「ストーリーマンガ」は「主人公が挑戦する行動」が軸になる


「挑戦」という言葉の響きだとやや偏った受け止め方がされてしまいますが、「目的を達成するための行動」と考えると分かりやすくなると思います。
「マンガのマンガ2/ストーリー構成編」を描いていて「5W1H」をどう解説したらいいのかと苦慮した際に、ストーリーの軸になるものは「主人公の行動」だという当たり前の事に気が付きました。

行動するということは当然目的も必ず存在しますから、ストーリー構造の軸は「主人公が目的に向かって行動すること(つまり挑戦)」を見せることなのだという結論に達したわけです。

脱力する程に「当たり前過ぎる事」なのですが、実はこのことが分かっていないマンガ家志望者が多い。
恥ずかしながら、実は私自身も「ストーリー構成編」を描くまで分かっていなかったのです^^;

過去の自分の作品を見返すとアイデアに頼ったものが多く、主人公がちっとも行動していない作品、ストーリーとしての体裁をなしていない作品があります。
投稿して没になった作品を思い返すと、主人公が行動していなかったことに思い当たるんです(;^_^A


「マンガのマンガ2/ストーリー構成編」でも描きましたが、マンガというのは懐が深くて、アイデアさえ斬新だとそれだけでも面白く読むことができます。
その辺りの区別がつかないままストーリーを組み立てていると、ただ単にアイデアを組み立てているだけのマンガでしかなくなります。
何処かで見たようなアイデアだけを並べても、ストーリーマンガにはなりません。

逆な言い方をすると、何処かで見たようなアイデアでも主人公を魅力的なキャラクターとして設定し行動させてやれば、それはしっかりとしたストーリーマンガとして成立することになります。

マンガ家志望者の作品に多いのが、「何処かで見たようなアイデア」を「見せるだけ」の作品です。

気付いて欲しいです。
「主人公の行動を描くこと」が「ストーリーマンガ」で最も重要なのだということを。

posted by かとう at 07:02| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年03月31日

「人に読んでもらえるレベルのマンガ」



人に読んでもらえるレベルのマンガを描くには様々な能力が必要なのだと、講師という「教える立場」になって一層感じるようになりました。

必要な能力 一つ目。

画力とかストーリー構成といったマンガを描く時には重要とされる能力はもちろんですが、セリフを適切に簡潔にまとめる能力などもかなり重要です。
言葉として成立していない言い回しや回りくどくダラダラとしたセリフは、読者の読む気を失わせます。
日本人だから日本語が使えるのが当たり前だと思われがちですが、的確に簡潔に使うというのはまた別な話です。
面白いマンガはセリフがしっかりしています。

どんな言葉を使うのかという選択によって、セリフは「コマの中に描かれた絵と連動」して、言葉だけでは表せない・絵だけでは表せない独特の描写を伝えることができます。
マンガの名作にはたくさんの名セリフが生まれますが、言葉の使い方のセンスが大きく影響しているのは間違いないです。


必要な能力 二つ目。

「見せたいのは何なのか」という情報を適切に整理する能力も必要です。
作品全体のテーマやストーリーに関してはひとまず置いておいて、コマの中に描かれる内容(絵)に関してです。
学生やマンガ講座の受講生達の作品をみると、何を見せたいのかが伝わってこないコマを描く人が目立ちます。

A
情報を詰め込み過ぎているために、そのコマで何を見せたいのかが読み手に判断できない。

B
見せたい部分が目立たず、「関係ない部分」を強調して描かれているため、違う意図が伝わってしまう。

大まかにいうと、AとBに分けられます。
描いている本人は、分かりにくいコマを描いていることに気付いていません。

見せたいモノが分かりやすくコマの中にポーンと描かれているから、読者は頭を悩ませることなく必要な情報を瞬時に受け止め、テンポ良くマンガを読むことが出来ます。
「マンガは分かりやすい」と思われていますが、AやBの描き方がされているマンガは「分かりにくい」ため、読み取るのに苦労します。

「何を見せたいコマなのか」が分からないマンガを描いている人は、先ずはそこから脱却してほしいです・・・・・
と、言うのは簡単ですが、描いている本人にその自覚がないことが多いので厄介だったりします。

何度か指摘してあげるとナントナク気付いてくれるのですが、適切に指摘してもらわないと自分一人では気付くまでにかなり時間がかかるだろうと思います。




posted by かとう at 07:21| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年03月25日

分かりやすく読ませる「ストーリーマンガ」のコマ表現



●フキダシは喋っている人物の側に配置し、人物の表情もしっかりと描き加えると分かりやすい表現になります。

映画やアニメと違って、マンガは声が出ません。
そのため、文字だけでは誰が喋っているのか分かりづらく、セリフのニュアンスが読み手に伝わりにくくなります。

フキダシの形や文字の書体・大きさの処理で、ある程度フォローは出来ますが、細かいニュアンスを伝えるには無理があります。
「表情という情報」と連動させる事によって、かなり微妙なセリフのニュアンスを伝えられる事が可能になります。

●複数のキャラクターが登場する場合、それぞれの位置関係が分かる一コマを最初に必ず描く。

具体的に言うと、ロングショットで「全員が描かれている」コマを描く。
位置関係が分からないと、ストーリーに入り込めなくなります。
最初にその一コマが描かれていれば、どういう位置関係なのかが読者の頭に刷り込まれるので、後は一コマキャラ一人でもOKです。

「背景」や「登場人物の位置関係」を描かなくても、「描き手は自分では分かっている」から「読者にも伝わる」と描き手が錯覚を起こしている場合があります。
当たり前の事ですが、「描かなくては伝わらない」です。


●シーンの最初には背景を描き、人物を配置したコマを描く。

背景が描かれていないと「ストーリーマンガ」の舞台になる場所が読者には伝わりません。
「キャラクターが何処にいるのか分からない」ため、読者はストーリーに入り込めなくなります。

「シーンのはじまりには背景を描く必要がある」と書くと、どんなコマにも背景をできるだけまめに描かなくてはいけないのか‥と勘違いをする人 がいるかもしれませんが、そういう意味ではありません。
極端な言い方をすると、シーンのはじまりの一コマにさえ背景が描かれていれば、次のシーンに移るまで、コマには背景を一切描かなくてもOKです。
「舞台となる場所を、ちゃんと読者に伝えられているか」という事が重要なのです。




posted by かとう at 16:41| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年03月18日

アドバイスを有効に使ってほしい…という話。



私の専門学校における授業は、学生達のプロット・ネームをチェック、アドバイスし、作品を描き上げてもらうのがメインです。

プロットの段階で「何を描きたいのか」が伝わってこなければ、ポイントを何処に置いて考えればいいのか・・といったアドバイスをします。
「何を描こうとしているのか理解できない」ネームであれば、何が描きたいのかを聞き出し、その為にはどういう描き方をすれば読み手に伝わるか・・という事をアドバイスするわけです。

ほとんどの学生は納得した上で描きなおします。
納得できない場合は、「そういうことではなくこうしたい」といったやり取りが出ますので、解決法をさらに納得がいくようにアドバイスします。
なるほど…と納得してもらった上で、ネームを描きなおしてもらいます。
描きなおしたネームは、当然のことながら前より分りやすく良くなっているわけです。


ところが、アドバイスを納得してもらったはずにもかかわらず、描き直したネームが別の(新しい)モノになって出来上がってくる人が稀にいます。
その新しく描かれたネームがちゃんとしているのであれば全く問題はないのですが、同じようなミス(独りよがりのコマ展開)を相変わらず繰り返していたりするわけです。

アドバイスのポイントは
「こういう事が伝えたいなら、こういう段取りを踏まないと読んでいる人は理解できないよ」
つまり、「こういう事が伝えたいなら」の部分が大前提なのですが、それを全く別のモノに置き換えてしまうことにより、新たな段取りをアドバイスすることになり、前回のアドバイスが何のためのものだったのか意味を失ってしまいます。
アドバイスを生かして描き直し、「分かりにくかった所がどう分かりやすくなるか」を実践することで「マンガ力(りょく)」が身についていくものなのですが、そのチャンスを自ら投げ出してしまうのは実にもったいないと思います。

とはいえ「新しいモノに描きなおしてしまう気持ち」も分からないではないのです。
私にも身に覚えがあります。
ダメ出しを出された時点で、その「ネーム自体全て」が自分にとってはNGになり、「描き直す」より「新しく描いた方がいい」と判断してしまったのだと思います。
でも、それではなかなかレベルアップすることができません^^;

編集の担当氏からの「描きなおし」なんて、プロになってもいくらでもあることです。
むしろ、修正箇所を「なぜダメなのか」を確認して、それを的確に修正する能力こそがプロでやっていく上では大切なのです。


posted by かとう at 09:07| Comment(0) | マンガ専門学校の講師の仕事

2015年03月11日

ストーリーマンガ家志望の初心者にありがちな作品



●キャラクターを紹介するためのエピソードしか描かれず、紹介されたキャラクターが「何をするのか」という行動までは描かれていない作品。

「キャラクター紹介のマンガでしかない」のですが、ストーリーが語られていると錯覚してしまっています。
エピソードで紹介されたキャラクターに興味を持って、読者は「さて、そんな主人公が何をするのだろう」という期待を持ってくれるわけですから、その主人公を行動させなくてはストーリーは動きません。
このことに気付かない人は多いみたいです。
指摘されれば気付くのでしょうが、ちゃんと指摘できる人がいないと、いつまでも同じところをグルグル回っているだけの無限地獄にハマります。


●主人公が行動するのではなく、周りのキャラクター達が動き回ってくれて、何となく終わる作品。

描き手が「主人公に自分を投影」しているのかもしれません。
「自分」をマンガの中に存在させ、キャラクター達が自分をかまって助けてくれることに面白味を感じてしまっています。
言い換えれば「読者不在、描き手の自分だけが楽しいマンガ」になっていることに気付いていません。

たとえばこういうパターン。
主人公は、内気で引っ込み思案の女の子。
憧れの男子がいるが、学校一の人気者で、とても相手にしてもらえないと諦めている。
彼女の親友がそれを知って、なんとか彼女の思いを彼に伝えようと様々奮闘して動き回る。
それを知った彼は、主人公に「実は、君のことがずっと好きだったんだ」と告白する。
「うれしい…」と感動する主人公・・・・・・・・・・・・。

主人公が全く行動していないので、読者は主人公に共感できません。
読者は、おそらく彼女のために動き回る親友の行動に魅力を感じるはずです。

「自分が日頃できないことを主人公に託して行動させる」というのが、本来の主人公の在り方。
そんな主人公の行動に、読者は共感し主人公と一緒になってハラハラドキドキして、泣いたり笑ったりするからマンガは面白いのです。
何もしない主人公になど、読者は共感などしてくれません。

こうしたら主人公らしくなるという一例は以下の通り。
主人公が、内気な自分の殻を破るにはどうしたら良いのかを考え、自分改造を始める。
どうしたら「その他大勢の女の子の中で自分を目立たせられるか」を考え、実行する。
これらの行動が、主人公のキャラクター性にあった共感できるようなものであればあるほど、主人公が魅力的に伝わるし、行動の一挙手一投足に読者はドキドキハラハラする事になります。

これでこそ、主人公としてキャラクターが立ってきます。


posted by かとう at 06:57| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年03月04日

「100文字でどういうマンガなのかを伝える」


以前、フェーマスの直営教室で講師に来ていただいた少年マガジンの編集者が受講生に課した課題です。
簡単なようでかなり難しい。
事実、ちゃんとした100文字を書けた人はほとんどいませんでした。

自分のマンガを100文字で言い表わせる人は、自分の描きたいものが理解できている人です。
例えば「孤独でつらい人生を過ごしてきた主人公は幸せになりたいと願っていたが、ある日突然不条理な世界に紛れ込み現実を見つめ直そうと決意し挑戦するが、邪魔者が現れて戦うことになってしまうマンガ」などという「100文字」は抽象的過ぎてダメ。
なんとなく分かったようでも、イメージが具体的に浮かんできません。
つまり、「どういうマンガなのか」が全く伝わってきません。
書かれた100文字で、具体的なイメージが伝わる事が重要。

「100文字」という少ない文字数で、どんなマンガなのかを具体的に想像させるのはかなり難しい。
かつて自分の作品を100文字で言い表そうとしても、うまく言い表せない作品がいくつもありました。
改めて読み返すと、確かに自分で何を描きたいのかが分かっていなかった事が理解でき、唖然とした記憶があります。

いまでは、何を100文字で書けばいいのか理解できます。
「どんな主人公が何をする話なのか」が伝わる「100文字」が書けていればいいのです。

そして、「どんな主人公」と「何をする」が、「ユニークであること」が「面白い!」と思わせるポイントになります。
理解できると単純な事なのですが、描きたいものが自分の中でしっかりと確立していないと「書けない」ものだと思います。


posted by かとう at 09:50| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年02月22日

「マンガ家志望者」になるまでの「道」


昔のブログの記事に加筆・訂正したものです。

「マンガ家志望者」になるまでの「道」というのがあります。

1、マンガを読んで楽しいのでマンガが好きになり、好きなマンガのキャラを真似て描いてみる。

2、ペンを使って描いてみたり、着色したりして楽しむ。

3、そのうちに、自分のオリジナルキャラクターを考えそれを描いて楽しむようになる。

4、やがて、オリジナルキャラを動かしてみたくなり、コマ割りをした本格的なマンガを描きはじめる。

5、実際に作品を描き投稿や持ち込みを開始する。

おおよそこんな流れがあって、マンガ家志望者という人達が生まれてくるのだろうと思います。
少なくとも、私はそうでした。

 「3」まではほとんどの人が楽しみながら進みます。
ところが「4」の段階で、どうしても最後まで描けず(作品を完成させることができず)、先に進めない人が出てきます。

理由はいろいろ考えられます。

★バストアップや同じ方向を向いたキャラクターといった自分好みの絵しか描いた事が無いから、全身や動きのある絵が描けないため「描きたくても」描けない。
★コマ割りの意味が分っていないので、コマで割ってマンガを描く事ができない。
★ストーリーやテーマがまとまらない内に描き始めるので、どうしても途中で行き詰まる。
★描いている内に飽きてしまう(もっと面白いものが描けるのではないかと思いはじめる)

他にもあるかと思いますが、おおよその原因は以上の4点です。
どうしたら克服できるのかといえば、答えは簡単です。
絵が描けないなら描ける様に練習すればいいわけですし、コマ割りは「マンガをたくさん読んで」みればおおよそのカン所は身に着きます。
ストーリーやテーマを最後までしっかり考え、がっちりと組み立てれば行き詰まることはなくなりますし、途中で飽きてしまうのなら飽きないような本当に自分が描きたいテーマを見つければよいだけの話です。
「口で言うのは簡単だけど、それができないから苦労している。」という声が聞こえてきそうですが、「出来ない」のではなく「やらない」からだと思います。

「簡単に出来るようになるコツを教えてください」とよく言われるのですが、「やる以外にナイ」ということに気が付く事が大事です。

突き放したままというのもナンなので、自分の体験から「克服するため方法」を提示します。

それは「完成度にこだわらず、まず短編作品を描く」ことです。
4ページでも5ページでもかまいません。
ヘタでもつまらなくても、作品としての形が出来ていればOKです。
最初から上手な原稿は描けるはずがありません。
重要なのは「作品を描きあげること」です。
それが次の一歩に結びつきます。

作品を描き上げた時の喜びは格別なものです(^_^)
その気持ちを体験する事で、次のステップに進めます。
是非試してみてください。

posted by かとう at 17:18| Comment(2) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年02月14日

詰め込みに注意!



「ストーリーマンガ」を描き慣れないうちは、「あれも描きたい!これも描きたい!」と、様々なエピソードやキャラクターを登場させ、詰め込んで詰め込んでストーリーを組み立ててしまいがちです。
出来上がって、人にみてもらうと「なにを見せたいのか分からない」と言われてしまうのはよくある状況です。

「描きたいモノ」がたくさんあって全部披露したい気持ちは分かりますが、原点に戻って考えなくてはなりません。
基本的に「ストーリーマンガ」は「どんな主人公が何をするのか」という軸で展開していくものです。
その軸を盛り上げるために必要な「エピソード&キャラクター」選び、混乱を招く不要なモノは排除して組み立てることが大切です。

描きたい「ストーリーマンガ」は説明が必要な特殊な世界観なので、それを伝えるために描き込まなくてはいけないものがたくさんあるのです。
だから詰め込まざるを得ないのです…という場合もあると思うのですが、その場合は「どの位のページ数を使うのか」によって可能・不可能が決まります。
もしも読み切り(32ページ位)で描くなら、基本的には「説明が必要な難しい設定」の話は描くべきではないと思います。
短いページ数で処理するには文字による解説に頼るしかなくなりますので、ダラダラと説明が続く「ストーリーマンガ」になってしまう可能性があります。
読者の読む気を失わせる「ストーリーマンガ」になるので、極力避けたいです。

そんな「ストーリーマンガ」を描く人に、「説明が長いと、やはり読んではくれないですかね?」と質問された事があります。
「あなたはそういうマンガを面白いと思って読みますか?」と逆に質問すると、「読まないですよね…(^◇^;)」と答えが返ってきました。
自分は読まないのに、読者は読んでくれるだろう…って、そんな事はあり得ません(;^_^A


posted by かとう at 17:53| Comment(0) | マンガ家を目指す皆さんへ

2015年02月07日

リアルタイムで見たのはモノクロだった

昔は映画もモノクロだしテレビだってモノクロだった。
そんな時代にリアルタイムでドキドキしながら観た怪獣達。
というわけで、iPadの背景をバックに写真を撮ったフィギュア写真もモノクロにしてみました。
ツイッターに載せていたモノクロものをまとめたものです。

image.jpg

image.jpg

image.jpg

image.jpg

image.jpg

image.jpg

posted by かとう at 20:04| Comment(0) | フィギュア写真

2015年02月03日

原稿はキレイに


学生に最初の課題を出す際、原稿の内容や描き方以外に必ずアドバイスすることがあります。
「原稿に手の汚れ(特に手の脂分)が付かない様に、手の下には紙を敷くとか手袋などをはめるように!」
という事です。
このアドバイスの重要性は、マンガを長い間描いている人なら実感できるでしょうし、対策はちゃんとしているだろうと思います。

しかし、初心者には手で原稿が汚れるということが理解できないのでしょう。
何度か注意をするのですが、わずらわしいからなのか学生のほとんどは結局直接手を原稿に押し付けて描いています。
あがった原稿が汚くても、本人は平気です。

印刷に支障がない汚れならば問題なしではあるのですが、(程度にもよりますが)汚れた原稿は手にした時に不快感があります。
手の脂分を紙が吸収して紙がヨレヨレになっていたり、脂分にこびりついて綺麗に消えていない鉛筆の黒い部分が残っていたりなど、決して見栄えの良いものではありません。
持ち込みや投稿作品として編集者が手にした時、描き手の原稿に対する姿勢を感じとって、印象としてはマイナスになるだろうと思います。

私自身は独学でマンガを学んだので、「手で原稿が汚れる」という事は誰にも教えてもらう機会がありませんでした。
ある時期に「なんでこんなに原稿が汚れてしまうのだろう・・・」と気になり、直接手を原稿にこすり付けているからだと気づいて以来、手の下には紙を敷いて描くようになりました。

学校というのは、そういう有益な情報を前もって知ることができる場なのですが、受け取るサイドがそれをスルーしてしまうと全く無駄になってしまいます。
いくら知ってもらおうと思っても、本人にその気がなければ、アドバイスは届きません^^;

もちろん、学生の中には私が言ったことを誠実に受け止めて、実践してくれている子もいます。
そういう子は伸びるのも早いです。


posted by かとう at 14:40| Comment(0) | 私のマンガ授業

2015年01月24日

エレメンタリー/ホームズ&ワトソンin NY


スーパードラマTVで始まった「エレメンタリー /ホームズ&ワトソン in NY」が面白い。
シャーロックホームズの現代版。舞台はニューヨーク。
ホームズは薬中毒で精神科に厄介になっていて、社会に復帰。
そのお目付役として付き添うのが、元外科医の中国系アメリカ人で女性のワトソン。
ホームズは病的なほど非人間的。
しかし推理力が抜群に凄まじい。
テンポの良さとキャラクターの面白さで、第1話から釘付け状態です。

今まで観てきた(読んできた)「ホームズ」のイメージとあまりに違うので、「え︎ 何これ︎」感がハンパなかったです。
名探偵はこれくらいの奇人でこそ面白い。
腕にビッシリとタトゥーを入れ、凄い勢いでしゃべり倒すホームズのキャラクターにはホントに意表を突かれました。
でも、現実にこんな奴がそばにいたら……絶対ヤダ^^;


posted by かとう at 05:37| Comment(0) | 映画・TV